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鏡幻月華 ~ 七の昼 ~ |
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面倒なヤツらに会うた。 胸ん中で盛大にため息をつく。 これだけの人込みなら、ヘタに空いとるトコ行くよりはこの連中に見つかる確率は低いやろと思っとったのに、とんだ計算違いやったようや。 甲高い声で勝手な事を捲し立てながら、オレと工藤を取り囲んだオンナたち。 中には同じ学部の見知った顔もあったが、単に同じ大学に通っとるゆうだけで知り合いぶっとるオンナも居る。 これがオレ一人ん時やったら携帯を小道具にして急な依頼が入ったとでも言うてあしらえるが、工藤や姉ちゃんが居る今はその手は使えへん。 どうやって追い払おうかて考えとるうちに工藤の方がキレて怒鳴り出し、次いで飛び出した堂々の婚約発言にヘコまされたオンナたちはヤツの意識が自分達から離れた一瞬の隙を突いて散って行った。 工藤と姉ちゃんの婚約は初耳やし驚いたが、今のオレにとっては『服部平次』を演じるための情報の一つに過ぎない。 それよりも、姉ちゃんに懐いとる和葉の様子の方が気になった。 『篭』に入れてから、和葉がオレ以外の人間にあんな甘えた声を上げた事なん一度もない。 アレはホンマに『遠山和葉』を演じとるだけなんか? 和葉に意識を向けとったから、工藤の質問に一瞬反応が遅れた。 「和葉ちゃん、大丈夫なのか?」 「あ、ああ。数年ぶりに姉ちゃんに会えたんや、鈍いヤツやから今頃その感動が脳に伝わったんちゃうか?」 「だったらいいんだけどよ。それよりオメェ、随分大人しくなったもんだな。こんな時、前は真っ先にキレてただろ?」 工藤が訝しげな視線を投げてくる。 不意を突かれて、ドキンっと心臓が跳ねた。 確かにあの頃のオレやったら、煩いオンナどもに和葉押し退けられて囲まれた段階でキレとったハズや。 せやけど、あの場面では『今の』オレはキレたりせえへんから、あのオンナどもの前で『あの頃の』オレを演じるワケにはいかへんかった。 もしそんな態度を取ったら『今の』オレしか知らないあのオンナどもに不審がられて、逆に工藤に疑問を持たせる事になりかねない。 和葉が知らんでも不自然やないストーリーを頭ん中で組み立てて、いかにも疲れとる風を装いながら口を開いた。 「和葉がな……」 「和葉ちゃん?」 「前に和葉を学祭に連れてった事があるんやけど、眼ぇ見えへんのをいい事にオレが見とらん隙に嫌がらせされてな。流石にキレて首謀者締め上げようとしたんやけど誰も吐かんし証拠らしい証拠もないしで、しゃあないから連れてったオレが悪かったんや、和葉は滅多に外出せえへんからもうあんな連中には会わへんて無理矢理納得したんや。せやけど、暫くしたらどこで調べたんか今度はイタ電が始まってな」 じゃれあいながら楽しげに歩いとる和葉と姉ちゃんの後ろをゆっくりと着いていきながら、尤もらしい理由を並べる。 「今は殆ど携帯やし、家電は実家や姉ちゃんからの電話は着信音変えてあるからそれ以外は留守電任せで出ぇへんでええ言うてあっても、オレが大学行っとる間に毎日留守電一杯んなるまで無言電話が続いたら神経が休まらんやろ?姉ちゃんも経験あるんやないか?」 「ああ、一時期自宅の方に無言電話が続いた事があったって言ってたな。探偵事務所の方と違って自宅の方の電話は今は殆ど使わねえから、いい機会だって解約しちまったらそれで終わったらしい」 工藤の目が、前を歩く姉ちゃんの背中を追う。 ホンマは無言電話の犯人を突き止めて締め上げたかったんやろうが、犯罪として立証するのは中々に面倒な案件やから、あっさり収束したならそれでよしと我慢したんやろう。 「そんで、オメェはどうしたんだ?」 「目ぇ見えへん和葉には携帯は難しいから家電が必要やしな、3日は我慢したった。せやけど調子ん乗っとんのか止める気配ないし、どうやら複数犯らしいんでな、二人ばかり炙り出して追い込んだったらぴたっと止んだわ」 「どんな追い込み方したんだよ」 「法学部の学生やで?極めて合法的にや」 今のオレには最も相応しくないセリフをサラリと口にする。 「それ以来な、オンナの集団は何かと面倒やし、和葉が鉢合わせする事もまずないやろから、卒業までのガマンやて思て流す事にしたんや。まあ、今日は失敗やったけどな」 学祭での嫌がらせも無言電話があったんもホンマや。 無言電話の方は、3日目になってオレが居る時にかかってきたから声に殺気をたっぷりと乗せて『毎日ご苦労やな』て笑いながら何人かのオンナの名前を上げたったら、非通知やと拒否されるから代わりに番号通知の出来ひんモン使うとれば気付かれへんと思っとったらしいオンナは受話器越しにもわかるくらいガタガタ震え始めて、本気でハラ抱えて笑った。 そのオンナから聞き出した首謀者は、それから暫くして自首退学したらしい。 「お互い、面倒だな」 工藤が小さくため息をつく。 オレの作った言い訳は、工藤には納得のいくモンやったようや。 それからも何やかやと知らんオンナに絡まれたりもしたが、お参りも無事に済んで御神籤やらお守りやらのお約束も済ませた。 「ほな、写真撮ろか」 ここなら西楼門が有名やけど、流石に人が多すぎるから境内南側に立っとる鳥居をくぐった奥にある南楼門に向かう。 普段なら空いとる南楼門も流石に今日は混んどるが、西楼門ほどやないから人の少ない場所を選んで和葉と姉ちゃんを立たせた。 「カメラはこっちや」 姉ちゃんの隣に立っとる和葉の姿勢を正してやる。 「写真撮る時だけ、眼ぇ開けとき」 「うん」 姉ちゃんが和葉の袖や髪飾りを整えてやっとるのが終わるのを待って、小さなデジカメを構えた。 「オメェ、よくデジカメなんて持ってたな。ここで写真撮るのなんて、最初予定になかったんだろ?」 「ああ、コレか?この正月は和葉に振袖着せてオッチャンに見せたろて決めとったからな、一緒の写真撮ったろ思て持って来とったんや」 液晶画面に和葉と姉ちゃんを捉えて、シャッターに指をかける。 「ほんなら、いくで!」 「はい、チーズ!」 シャッターを押すタイミングは工藤が仕切った。 どうせ姉ちゃんの一番綺麗な瞬間を狙ったんやろうが、この写真も言い訳の一つでしかないから構わん。 ただ、ここで文句を言うのがあの頃の『服部平次』やから、抗議だけはしておかなならんが。 「勝手に仕切るなや!」 「いいタイミングを教えてやったんだ、感謝しろ」 相変わらず偉そうな工藤に、あの頃のように軽くパンチを入れる。 その後も何枚か撮ってから電源を落としたデジカメを袂に戻して顔を上げると、工藤は何やら楽しげに話しとる和葉と姉ちゃんとを眺めとった。 「なあ、服部」 「何や?」 「あのさ……和葉ちゃんだけどよ」 「和葉が何や?」 モゴモゴと言いづらそうにしとった工藤が、和葉と姉ちゃんの方を眺めながら『悪い方に取らねえで欲しいんだけどよ』と前置きして、改めて口を開いた。 「和葉ちゃんだけどよ、今は義眼なんだよな?写真撮る時に初めて開いてるとこ見たけど、こっからだと全然わかんねえな。いや、却って目力が強いようにも見える」 工藤のセリフに、背筋を冷たいモンが流れた。 和葉の義眼は今は澄んだ光を宿しとるが、まさか工藤はそこに何かを感じ取ったんか? 「綺麗なもんだよな。初めて見たけどよ、義眼ってあんなに自然に見えるもんだとは思わなかったぜ。何で閉じてるんだ?もっと近くで見てみてえんだけど、和葉ちゃんが気を悪くするかな?」 工藤が、和葉の義眼に興味を持った。 今は純粋に好奇心かららしいが、工藤の事やからどこから何を探り出すのか油断ならん。 頭ん中の警戒レベルを引き上げながら、ちらりと工藤に視線を流す。 「和葉は滅多に外出せえへんし、出掛ける時はいつもオレと一緒で盲人用の杖を使わんから、目ぇ開けとると健常者やて思われてたまに困る事があるんや。それに、長く目ぇ開けとると疲れるらしくてな」 「そうなのか。勿体ねえな。少しだけでいいから近くで見てみてえんだけどな……」 「……あんまり和葉に近づくなや?」 あの頃のオレも言うたやろうセリフに違う意味も込めて、工藤に投げる。 「相変わらず嫉妬深いヤツだな」 工藤がからかうような笑みを浮かべる。 今のオレのセリフは嫉妬から。 そう思ってくれとればええ。 その理由なら、工藤は無闇に和葉に近付こうとはせえへんやろから。 「オマエほどやないで?」 警戒レベルは引き上げたまま、表面上はあの頃のオレがしたように不機嫌そうに言い返した。 「平次!工藤君!ちょおこっち来てや!」 眼を閉じた和葉がオレたちを手招く。 「せっかく来たんやし、蘭ちゃんと工藤君の写真撮ったげよう?」 「せやな。工藤、姉ちゃんの隣に並べや」 写真撮り終わっても動かんと何や喋っとったんは、この相談をしとったんか。 あの頃の和葉なら確かにこう言うたやろが、その様子に演技だけやない本気が混じっとるように思うんは気のせいか? 和葉を少し横に避けさせながら、工藤や姉ちゃんには気づかれんようにその様子を観察する。 「なあ、平次。蘭ちゃん、綺麗やろ?」 「ああ、せやな」 「ちゃんと綺麗に撮ったげてや?」 「わかっとる」 無邪気にオレの着物の袖を引っ張る和葉に、情欲の影はない。 和葉が姉ちゃんに懐いとるのが本気に見えるんは、快楽を求める気持ちを隠して巧く演技しとるせいなんやろか? それはそれで褒めてやらなならんが、どうにも腑に落ちない部分がある。 せやけど、今はそれを考えとる場面やない。 工藤と姉ちゃんが並んだ写真を何枚か撮ると、今度はオレと和葉の番やと姉ちゃんに背中を押された。 「アタシらはええよ」 「そうはいかないわ。こんな綺麗な和葉ちゃん、写真に残しておきたいよね、服部君?」 姉ちゃんがにんまりと笑う。 これもあの頃には良くあった事やから、期待されとるやろう反応をしてやった。 「姉ちゃんは別嬪さんやから工藤も写真に残したいやろけどな、和葉やろ?別にいらんわ」 「何やて?」 「服部君たら、夫婦なのに何照れてるの?」 「照れとらんわ!」 「じゃあ、いいよね。わたしが和葉ちゃん綺麗に撮ってあげるから。ね、和葉ちゃん?」 これ以上頑なに断るのも『らしく』ない。 特に和葉は。 「……うん。なぁ平次、蘭ちゃんがああ言うてくれとるんやし、一緒に写真撮ろう?」 「しゃあないな。まあ、正月の写真くらいあってもええか。後で遠山の親父さんに見せたろ」 「うん」 今のオレたちに『記念の写真』なん必要ない。 いや、写真なん邪魔なだけや。 それでも、楽しげな姉ちゃんに合わせて笑う。 オレからデジカメを受け取った姉ちゃんが、さっきまでオレがいた場所まで下がった。 「オレが撮ってやるよ」 「ダメ。新一ってば事件関係以外からっきしだから、女の子を綺麗に撮るなんて出来ないでしょ?」 工藤が横から出した手を、姉ちゃんがぴしゃんと叩く。 液晶越しに工藤が和葉の眼を覗こうとするかもしれんと一抹の不安があったが、どうやらそれは心配なさそうや。 「じゃあ、撮るよ!」 姉ちゃんが何度かシャッターを切り、漸く神社を後にした。 |
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