鏡幻月華 〜 八の昼 〜 |
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神社からの帰り道もアタシはずっと蘭ちゃんの腕に捕まったままが良かったんやけど、平次がせっかくの晴着なんやし工藤くんと蘭ちゃんを一緒に歩かせたろ、言うから仕方なくそうした。 あれ程平次の側に戻りたかったのに、今は離してしもた蘭ちゃんの腕が恋しいなん変な感じや。 「楽しそうやな」 人がぎょうさん居るから平次に肩を抱かれるようにして歩いとったら、ぽつりと呟くようにそう言われた。 しかもその声には、言葉とは違う意味が込められとるようでやけに低い。 「………」 「工藤らとは少し離れたから、気にせんでええ」 頭の上から聞こえて来る声は、やっぱり不機嫌さが滲み出とる。 「なんでそんなコト聞くん?」 「聞いてへん。断定しとるんや」 「なんで?」 平次がこないに不機嫌になる理由が、アタシには思い付かへん。 「あれは演技か?」 「は?」 「姉ちゃんに懐いとるんは、芝居かて聞いてるんや」 質問の意味が、分からへん。 蘭ちゃんへのアタシの態度が演技やろうと本物やろうと、上手に『遠山和葉』になれとったらそれでええと思うてたんやけど。 「どうやろ?『遠山和葉』を演じてる部分は確かにあるんやけど…」 「そうやない部分もあるいうことか」 「うん。そうやねん。アタシな」 言い掛けて、そこで言葉を切った。 下から見上げるように平次の顔がある方へ、首を動かす。 それやのに、いつもやったら感じられる平次の視線が無い。 やけど、アタシは言葉を続けることにした。 「アタシな、もっぺん蘭ちゃんと仲良うなりたい」 「………」 何の言葉も返って来ない。 こんな平次の沈黙は怖い。 「あんな…」 「工藤と姉ちゃんや」 慌てて言葉を続けようとしたら、そう断ち切られた。 もちろん、今はこれ以上何も言うな、いう意味や。 再び蘭ちゃんらと合流したアタシらはすでに貸衣装屋さんの前やったらしく、そのままそこで平次とアタシまで着替えさせてもらうことになった。 アタシと蘭ちゃん、平次と工藤くんに分かれて別々の部屋に通される。 アタシと蘭ちゃんにはそれぞれ違う係りの人が居るんやろ、アタシに話掛けてくれる人とは違う女の人と蘭ちゃんの話声が聞こえる。 蘭ちゃんはその人にこんな忙しい日に急に来て素晴らしい着物を貸して貰えたことや、着付けやこうしてまた脱がせてもらうことへのお礼を言うてる。 蘭ちゃんはほんまにええ子やなぁ…… 今のアタシは人に心からお礼を言うなん、ありえへんことや。 特に女は誰やろうと、お礼をいうだけ無駄やったから。 皆あたしの為やのうて、平次に認めて欲しくてアタシに優しくしてくれるだけやったから。 やけど『遠山和葉』を演じてる今は、蘭ちゃんを見習ってほんの少しやけど素直に言うてみる。 「アタシまで着替えさせてもろて、ありがとうございます」 「気にせんといて下さい。服部さんにはいつもお世話になっとりますから」 「平次はよう来るんですか?」 「へぇ、奥さまの着物を仕立てられるときは、いつも隣にある本店を使うて貰うてます。それにあの事件以来若旦那もすっかり服部さんに懐いてしもてますし、大学のお友達もぎょうさん紹介してもろて、うちにとったら服部さまさまですわ」 「そうなんや…」 アタシの知らへん事実もあって、曖昧な返事しか出来へんかった。 これやったらアタシがお礼を言うより、言われる側んような気ぃもするんやけど。 「服部くんて結構世話好きだし、面倒見もいいもんね」 アタシの様子を気にしてくれてるんか、蘭ちゃんがこっちの会話に入ってきた。 「それってただのお節介て言わへん?」 「何言ってるの。和葉ちゃんが一番分かってるくせに」 蘭ちゃんはきっとアタシの気分を和らげるに為に言うてくれたんやろうけど、その一言は違う意味でアタシの心を引き締めた。 そう、アタシは誰よりも平次のコトを知っとる。 昔の平次やったら本当にただの世話好きでやってた行動やろうけど、今の平次には多分すべてが計算ずくの行動やろ。 『服部平次』いう偶像を守るための。 その平次が仮面を剥がすんがアタシの前でだけ。 やけど平次は篭の外での行動を、すべてアタシに教えてくれるわけやない。 むしろ昔より平次の行動には秘密が多い気がする。 アタシがまた自分の世界に入っとったら、いつしか着替えは終わってしもてた。 蘭ちゃんが着取った着物はもちろんお店のやからええとして、アタシの着物は自分のやから持って帰れるよう畳んで欲しいて頼んだら何でか断られてしもた。 「奥さまのお着物はうちで預からせてもらいます」 「平次がそうお願いしたんですか?」 「ちゃいますけど、構しませんやろ?きちんと汚れを払うて、風通ししてからお返ししますよって」 「そこまでして貰わんでも」 「気にせんといて下さい。いつもお世話になってるお礼ですから」 どうしようかと困っとったら、蘭ちゃんからもせっかくだからて言われてしもた。 蘭ちゃんは素直にこの若いやろう女が親切心で言うてると思うてるやろけど、言葉の中に含みがあるんがアタシにはっきりと読み取れる。 『この着物があれば、服部さんがまたここに来てくれる』 やっぱりここでもアタシのためやのうて、すべてが平次に気に入られるため。 さっきの少し心の入ったお礼を返して欲しいくらいや。 平次に気に入られようとするオンナ。 平次のコトを気にせぇへん蘭ちゃん。 すべてを勘ぐってしまうアタシ。 純粋にお礼を言える蘭ちゃん。 他の女と違う蘭ちゃん。 そしてアタシとも違う蘭ちゃん。 アタシにはやっぱり蘭ちゃんが必要なんやと思う。 結局アタシの振袖と平次の着物は、お店に預けて行くことになった。 平次もせっかくの好意やし、自分の手間も省けるいうて喜んだから。 アタシは嫌やったけど何か出来るわけでもないし、平次がそうする言うたら逆らうわけにもいかへん。 やから4人でお店を出るとき、やけに店中の女の声が弾んどったんは気付かんかったことにした。 アタシは再び蘭ちゃんの腕に捕まって車に向かい、さっきとは違うてアタシと蘭ちゃんが後部座席、助手席が工藤くん、ほんで平次が運転いうことになった。 ここでもやっぱり工藤くんは蘭ちゃんと座りたがったけど、蘭ちゃんがそれをあっさり却下したからや。 「夕飯なんやけどな、正月やしええ店はどこもいっぱいやったんや。居酒屋とか小料理屋とかやったら、開とるかもしれへんし行ってみるか?」 「オレは何処でも構わないぜ」 「わたしもだけど、和葉ちゃんは疲れてない?」 「アタシやったら平気やで」 とそれなりの笑顔で答えてみても、重装備のような振袖を脱いだことで気が抜けたんか、最後にため息が零れてしもた。 本音をいうと滅多にせぇへん外出と自分の足で長いこと歩くいう作業のせいで、かなりヘトヘトやった。 「ねぇ、もし良かったら、もうお部屋に行かせて貰ってもいいかな?」 「それは別に構へんけど、何もないで」 「わたしが何か作るから。だってその方が和葉ちゃんとゆっくり話も出来るしね」 「ほんまにええん?蘭ちゃんやって、疲れてるのに」 「わたしだったら全然平気よ。ね、いいでしょ新一?」 「蘭の手料理なら、いつでも大歓迎だ」 「まったく、こんなトコで惚気んなや。ほんならもちろん、オレの手料理も大感激で食うてくれるんやろな」 「げっ」 「服部くんがお料理するの?」 「そやで、これがな結構いけるねん!」 「わぁ〜なんか楽しみ〜」 「そうやろそうやろ。嫌やったら、工藤は食わんでもええで」 「仕方ねぇから、新年の運試しのつもりで食ってやるよ」 「ったく何やねん、それは?」 何やかんやて言いながらも、工藤くんも蘭ちゃん同様に優しい。 しかもアタシらと違うて、その優しさに裏も表もないやろし。 平次に軽口を叩きながらもアタシのことを気遣ってくれて、せっかく京都まで来たのに京料理やなくてしかも蘭ちゃんに手間を取らせてしまうのに、『篭』に帰ることに賛成してくれた。 やけど、アタシにはどうしても消せへん不安があった。 『篭』は平次とアタシだけの世界。 昔のアタシらとは違う、世間から隔離された別世界。 そこに蘭ちゃんと工藤くんを今日、初めて招き入れる。 今までも時々、おばちゃんが泊まりに来たりしたことはあったけど、それとは状況が明らかに違う。 特にお父ちゃんもおじちゃんも、『篭』に来たことはあっても泊まったことはない。 つまり男の人を泊めるんは、今回の工藤くんが初めてや。 それに、どことのうオカシイ平次の様子も気に掛かる。 皆の軽い遣り取りを聞きながらも、思わず膝の上の手をきつく握り締めてしもた。 やけどそんな不安を抱えたままのアタシを乗せて車はゆっくりと動き出し、平次が普段よう使うてるいうスーパーに買出しに行くことになった。 |
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