鏡幻月華 〜 九の夕 〜 |
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初詣を済ませて貸衣装屋で工藤と姉ちゃんがレンタルした着物を返そうとしたら、友達と遊ぶんなら身軽な方がラクやろて言われて何故かオレと和葉まで着替えるハメんなった。 遊ぶ言うてももう夕方やから晩メシ喰うて篭に帰るだけのつもりやったが、オレらの年齢ならこれからが本番やて思われたんやろう。 一通りの遠慮はしたが、こんな時にはありがたく厚意を受けるんが『服部平次』やったから、勧められるままに着替えて着物も預ける事にした。 「着物もいいけど、やっぱりこっちのが落ち着くな」 何やかやと世話を焼きたがる従業員たちが用意してくれた茶を飲みながら、工藤が身体を解すように軽く肩を回す。 和葉と姉ちゃんはまだ着替え中や。 オンナの着替えは時間がかかる。 ましてや振袖で髪まで結うてたんやから余計にかかるやろ。 「姉ちゃんの振袖は勿体無いて思っとるんやろ?」 「蘭は何を着ても似合うからな」 オレのからかいも澄ました顔でさらりと流した工藤が、仕上げとばかりにジャケットの襟を直す。 その耳元に『あの頃』のオレやったら言うたやろうセリフをそっと流し込んでやった。 「帯くるくる、やってみたかったんとちゃうか?ウチに和葉の着物があるし、貸したるで?」 「それはまた後でな」 ニヤリと笑みを交わしながら、乾杯するように湯飲みを掲げた。 扱っとる品物のせいか、従業員は圧倒的にオンナが多い。 チラチラと送られてくる視線に何が含まれとるんかはようわかっとるし、預かる言うた着物はオレを呼び寄せるための人質みたいなモンやろう。 せやけど、何も気付かへんフリをして、工藤と暮れに出た推理小説の話題で盛り上がって見せる。 10分も待っとると、和葉と姉ちゃんが着替えを終えて出て来た。 「ほんなら、行こか」 袂に入れといたモンのうち匂袋と財布とあの時奥の座敷で使うたハンカチを包んだ手拭いだけジャケットのポケットに突っ込んどいたから、デジカメやら何やらは鈴をつけたまんまの和葉の髪飾りと一緒に巾着に入れて持たせた。 礼を言うて店を出る。 来たときと違うて助手席には工藤。 工藤はさっきと同じように姉ちゃんの隣に座りたがったが、和葉と姉ちゃんが先に後ろに乗り込んでもうて追い出された格好や。 あの頃やったら確かに和葉と姉ちゃんは一緒に後ろに乗りたがったやろから別に不自然やないが、今の和葉やったら婚約の事を持ち出してでも自分の場所である助手席を譲るワケないと思とっただけに、その行動がちょお気になった。 「ココや。結構品揃えが良うてな、大学からの帰り道やしいつも便利に使うとるんや」 いつも使うとるスーパーの駐車場に車を入れる。 正月二日や言う事もあってか、夕食時なんに車はそう多くない。 ホンマは晩メシは外で喰うつもりやったが、和葉を案じた姉ちゃんの好意を無下にするワケにもいかへんかったからしゃあない。 「さすが京都だね。東京のスーパーじゃ見ない野菜がいっぱい」 カゴを載せたカートを押すオレの隣で、姉ちゃんが物珍し気にキョロキョロと売り場を見回す。 和葉と工藤は車に残してきた。 疲れたから車で待っとる言うた和葉を残して買い物に出ようとしたら、工藤までが残るて言い出したからや。 和葉は普段滅多に外出させへんから疲れた言うのはようわかるが、いつもやったらたとえ松葉杖つくような怪我しとっても絶対に姉ちゃんの傍を離れようとせえへん工藤が残るて言い出すとは計算外やった。 オレの居らん所で和葉と二人きりにさせたなかったが、姉ちゃんのお供はオマエの役目やろて促しても工藤は履き慣れとらんから鼻緒で摩れた足が痛むとか言い訳並べ立てて強引に残ろうとした。 工藤が車に一人で残る和葉を心配しとるのはわかるが、そこに何かの思惑も感じ取れたから軽く挑発したろとしたオレの口を閉じさせたんは姉ちゃんや。 工藤が居るなら安心して買い物に行けるて笑う姉ちゃんに反論するワケにもいかへんかったから、仕方なく工藤を和葉と一緒に車に残してきた。 ……まったく、純粋な好意ゆうのは厄介や。 あれやこれや食材を選んどる姉ちゃんの様子を窺いながら胸ん中でひっそりと笑う。 「ねえ、服部くん。和葉ちゃんて何か嫌いなものってあったっけ?」 「特にないで。姉ちゃん料理上手やしな、何でも大喜びやろ」 「服部君の料理も楽しみだわ。だって、前は繋がったままの胡瓜とか芸術的な腕前だったんだもの」 「今は千切りみじん切り何でも来いやで?」 「本当に?」 くすくす笑う姉ちゃんは、相変わらず面倒見がええ。 せやから、和葉が純粋に好意を寄せてくる姉ちゃんを気に入るのはわかるが、あの懐きようは見過ごせへん。 和葉の全てはオレのモンや。 たとえ意識の片隅やろうと他人に明け渡す事なん絶対に許さへん。 もしこのまま和葉が姉ちゃんに執着していくようなら、始末する事も考えなならんやろう。 そん時に障害んなるんは、あの工藤だけや。 時間かけて入念に計画立てて、利用出来るモン全部使うて逃げられへん罠を張らなならん。 例えば、工藤に横恋慕しとるオンナ使うて手を下させるとか……。 姉ちゃんと他愛ない会話をしながら、いろんなパターンをシミュレートする。 その間にも、カゴは順調にうまっとった。 「わあ、美味しそう」 野菜や肉を選び終えた姉ちゃんが次に足を止めたんは漬物売場やった。 「あれ、今日は彼女が一緒なんやねぇ」 声をかけてきたんは、制服姿の顔馴染みのオバチャン。 いつも一人で来るオレがオンナ連れやったから、彼女や思ったらしい。 「あ、いいえ、わたしは……」 「こんな綺麗な彼女さんのお願いやったら、そら喜んでお使いもしますやんなぁ」 「残念やけどな、彼女やないんや」 「誤魔化さんでも、誰にも言わしまへんて。いつものでよろしおすか?」 「本当に違うんです」 「ほな、そう言う事にしといたります」 「せやから、違うて」 コロコロ笑うとるオバチャンにもう一度否定しておいて、和葉が好きやからよう買うとるモンと他に2つばかり姉ちゃんに選ばせたモンとをカゴに入れた。 「もう、違うって言ってるのに」 「オバチャンてのはあーゆうモンやろ」 「服部くんには和葉ちゃんって恋女房がいるのにね」 菓子のコーナーでクッキーの箱を片手に口を尖らせとった姉ちゃんが、今度はチョコに手を伸ばしながら含み笑いをする。 「でも、服部君の彼女に間違えられるなんて、ちょっと嬉しいかも。帰ったら自慢しちゃおうかな」 「オレは工藤の反応が恐いわ」 ツマミんなるモンを幾つかカゴに入れて、大きくため息をついて見せる。 「和葉遺して死にたないし、庇ってや?」 「服部君たら!」 姉ちゃんが楽しげに笑う。 他にも酒やらジュースやらをたっぷりとカートに積んでレジに並んだ。 |
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