鏡幻月華 〜 十の夕 〜 |
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最初は皆で買い物にいくはずやったんやけど、やっぱりどうにも体がだるいアタシは車でお留守番させてもらうことにした。 そしたら、工藤くんまで残る言い出してしもた。 「和葉ちゃん一人だったら心配だしさ、オレもここで待たせてもらうことにするよ」 「何言うてんねん。ドアやったらロックするし、姉ちゃんの荷物持ちはオマエの担当やろが?」 「それは今回に限り、オメェに譲ってやる。しっかり蘭の護衛とお供をして来い」 「どうしたの新一?」 「実はさっきの履きなれねぇ草履のせえで、足が痛くてさ。少し休みたいんだ」 「大丈夫なの?」 「ああ、心配はいらねぇぜ。指の付け根を少し擦っただけだしな。そう言うことだからよ、蘭のことしっかり頼むぜ服部」 「………」 「服部?」 「相変らずヤワやの〜」 「うっせぇ。つべこべ言わずに、さっさと行って来い!」 工藤くんに一括されて、蘭ちゃんからは、でも新一がいれば安心だね、と言われてしもたら流石の平次もどうすることも出来へんかったようで、しぶしぶやけど蘭ちゃんと二人で買い物に行った。 車に残らしてもろうたんは良かったんやけど、工藤くんと二人っきりいうんは『遠山和葉』のときかてほとんどなかったコトやから、どうしたらええんか自分でも分からへん。 ましてや気ぃ抜いて寛ぐなん、到底出来ることやない。 今のアタシが工藤くんの前で気ぃ抜くなん、自殺行為や。 それでも表面上だけでもゆったりとシートに凭れてそっと息を吐き、疲れてる姿を装った。 「本当に大丈夫なのか?相当疲れてる風に見えんだけど」 「ほんま言うと結構キテルんよ。もう年なんかなぁ?」 「な〜に言ってんだよ、オレと同い年のくせして」 「やったら工藤くんもええ年いうことやん」 「ピチピチの大学生に向かって失礼だろ?」 「ぴちぴち……」 どうでもええ会話をして、時間を潰す。 顔は笑っとっても心の中では、蘭ちゃんと平次が少しでも早う戻って来てくれることを願って。 それからも会話は続いて平次との結婚生活や、光を失ってからのアタシの日常なんかを聞かれた。 これらのことは元々平次が他人に聞かれたらこう答えるようにと、以前からアタシに教え込んどった事柄やったから何の問題のうスラスラと返すことが出来る。 やけどそれがいつしか、アタシの義眼につての話になとった。 「へぇ、じゃ〜その義眼は服部が専門店に特注して作らせたのかぁ」 「そうらしいねん。去年の夏に新しいのと交換したんやけど、そん時は更に注文付けたらしいし」 「更にって、どんな?」 「何や虹彩の色が微妙に違うとか言うて、自分が納得いくまで作り直させたらしいんよ」 「すっげぇ拘り…」 「やろ?そんなん何色やってええのになぁ」 「でもさぁ、服部んの気持ちも分からなくもねぇな」 「そうなん?」 「和葉ちゃんてさぁ、大きな瞳が結構印象的じゃんか、それを壊したくなかったんだろうぜ」 「そうなんやろか…」 「で、どんな色にしたって?」 「『翡翠色』とかいうてたと思う」 「前のは違ったのか?」 「ううん同じ。やけどもっと透明感があったとか、もっと深い落着いた緑色やとかよう文句いうてたわ」 なんかアタシは工藤くんに乗せられて、自分から墓穴を掘っていってるような気がする。 そもそもこんな義眼の話など、今まで人に聞かれたことなんないし。 平次もそこまで細かく義眼についてアタシに注意したことはない。 いつも言われるのはただ一つ。 『篭の外では眼を開くな』 これだけや。 それにだいたいの人が見えへんアタシに遠慮して、義眼について聞いてくることさえない。 ただ、見せて欲しい、とは言われるけど。 「オレもさぁ、その『翡翠色』見てみてぇんだけど?」 そうそうこんな感じで。 「え?」 「だからさぁ、オレにも服部得心のその瞳、見せてくれねぇかな?」 「………」 どうやらアタシはほんまに墓穴を掘ったみたいや。 「実はさっき服部にも和葉ちゃんの目見せてくれって頼んだんだけどさ、あんましいい返事くれなかったんだよな。まぁアイツの場合は嫉妬深いから仕方ねぇかと思ったけど、やっぱ和葉ちゃんも嫌かな、オレに見せるの?」 「それは…」 今になってやっと気付いた。 どうして工藤くんがわざわざここに残ったんかに。 工藤くんはきっと始めっから、アタシのこの義眼が見たかったんや。 これは純粋に義眼への興味から? それとも… さっきの写真撮影のときに平次が目ぇ開け言うたから、少しの間だけ開けたけど。 あの時は平次も居ったし、工藤くんは写真撮ってくれてる蘭ちゃんや平次のの側に居ったはずやから、そんなにはっきりとはこの眼が見えてないはず。 やったら『邪魅』の影響は受けてないはずやのに。 それともアタシが気付かへんかっただけで、結構近くに居ったんやろか? ううん。それはないはずや。 平次はアタシのこの眼に、少なからず疑惑を持ってるはずや。 その平次が側に居ってアタシが目ぇを開いてるときに、男を近づけるはずがない。 ああ、あかん。 なんか全部が『はず』て、曖昧過ぎや。 こんなんやったら、益々工藤くんの思う壺になってまう。 「和葉ちゃん?」 「えっと…その…」 「やっぱ嫌かな?」 「……ううん。嫌とはちゃうねんけど…」 「けど?」 アタシが動揺してるんは、きっと工藤くんには見抜かれてる。 やったらそれがもっともな理由を。 「けど、恥ずかしいねん」 「恥ずかしい?」 「うん。やってな、アタシも前に義眼してる人テレビとかで見たことあったんやけど、やっぱ…その…変……やろ?」 「何が?」 「見た感じが、普通の人とは明らかに違うやん」 「そうかな?さっき遠目だったけど、和葉ちゃんは全然変とかじゃなかったぜ」 「そんなことない」 絶対に工藤くんの前で、眼を開く分けにはいかへん。 そんなことになったら平次は間違いなく怒るやろし、何より蘭ちゃんの為にもそれは絶対にしたらあかんことや。 工藤くんを『お人形さん』にするわけにはいかへんから。 「そんなことないて、絶対に前のアタシとは違う印象を受けるに決まってるやんか」 「それは…」 「それが嫌やねん。これまでのアタシの顔が、今のアタシのせいでまったく違う顔に摩り替わってしまうのが嫌や。しかも絶対に悪い変なイメージになるて分かってて、人前で眼を開けるなんてことなん出来へんよ」 「………」 「工藤くんやったら、分かってくれるやんな?」 これでダメやったら、後は泣き落としくらいしかアタシにはすべがない。 「そんなに変わるモノなのかなぁ?」 「………」 「さっき受けた印象は前より目力が増してる様に見えたし、今までとまったく変わりなくとても自然な感じだったんだよな」 「それは遠うかったからやと思うけど」 「そうかなぁ?服部が納得いくまで作り直させた最高の瞳なんだろ?きっと和葉ちゃんが思ってるような変な印象なんかにはならないさ」 やはりアタシはどう足掻いても、工藤くんには勝てそうもない。 それにこれは工藤くんの優しさでもあるんやろ。 アタシが今の自分の顔を恥ずかしいと思ってるんなら、それが違うことを証明しようとしてくれてるんや。 そうやないとあの工藤くんが事件関係やない限り、人が嫌うことをするとは思えへんし。 アタシは自分の顔を両手で覆い隠し、膝にくっ付けるくらいまで体を折り曲げた。 「ちょっ…和葉ちゃん?」 工藤くんの慌てた声がする。 その間に素早く、ずっと右手に握り締めとった目薬を両方の瞼の奥に流し込んだ。 ほんまは一人になったら、乾燥して違和感の出始めた義眼に点眼するつもりで持ってた目薬やけど、以外なところで役に立ったようや。 「……ひっ……」 「え?え?か…和葉ちゃん?」 「ひっく……おおきに……工藤くん…」 「はぁ?いや……え?」 「アタシのこと励まそうとして……うっ…」 「あ…いや……それは……」 アタシの予想通りしどろもどろになってくれた工藤くんが、助手席から身を乗り出して多分アタシに触れようとしたとき、やっと蘭ちゃんと平次が買い物から帰って来てくれた。 |
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