「 CHESS 」 |
notation 01 |
「 pawn 」 |
5月のGW、大学生になって初めての長期な休み。 当初は和葉が東京に行く予定になっていたけれど、和葉の失恋を知った蘭が自分が大阪に行くことにした。 平次に会い辛いだろう和葉のことを想ってのことだった。 「蘭ちゃ〜〜ん!」 蘭がホームに降りると、元気な和葉の声がホームに響き渡った。 「和葉ちゃん!」 「久しぶりやね、蘭ちゃん。元気やった?」 「うん。ありがとう。和葉ちゃんも・・・。」 蘭は言いかけた言葉を、無意識の内に飲み込んでしまった。 「もう、何気にしてんの?」 和葉は笑顔で蘭の顔を見ている。 「和葉ちゃん・・」 「心配してくれて、ありがとな蘭ちゃん。」 言葉は無くても蘭の気持ちは、和葉にはちゃんと伝わっている。 「それより早、行こ、蘭ちゃん。」 「そうだね。」 2人は話しながら、駅の構内を歩き始めた。 暫らく歩いていると、蘭はあることに気が付いた。 すれ違う人達が、特に若い女の子達がこっちを見ている様な感じがするのだ。 蘭は自分の格好がどこか可笑しいのだろうかと、さり気なく服装をチェック。 ウインドウに映る姿も確認したが、これといって不恰好なところは無かった。 和葉もいつもの彼女らしい服装で、人にジロジロ見られる様な変な格好では無い。 それなのに地下鉄に乗り換える為に降りた地下街では、その視線はさらに酷くなった。 「ねぇ、和葉ちゃん?」 「どしたん?蘭ちゃん?」 蘭のどこか不安そうな表情に、和葉が立ち止まって問い返す。 「なんだか、私たち見られてる気がするんだけど?」 「・・・・・。」 蘭のその言葉に、和葉の顔から笑顔が消えた。 「和葉ちゃん?」 「やっぱ蘭ちゃんはするどいなぁ・・・。」 「和葉ちゃん?」 「蘭ちゃんは何も気にせんでええよ。みんなが笑うてんのはあたしんことやから。」 「どうして?なんで和葉ちゃんが?」 「歩きながら話すわ。」 そう言うと和葉はゆっくりと歩き始めた。 蘭も急いで和葉の隣に並ぶ。 「あたしが平次に振られたことは蘭ちゃんは知ってるやろ。」 「う・・うん。」 「あたしんこと見て笑うてるヤツラも、そのことを知ってるっちゅうことやねん。」 「・・・・・・どういう・・・こと?」 「あたしが平次に振られてるとこを見てたヤツがおんねん。しかも、ご丁寧にその場面を携帯ででも録画してたんやろ、その日の内にはモバイルの情報サイトに投稿されとったらしいんよ。」 和葉は淡々と言葉を紡ぐ。 「そんな・・。」 蘭は信じられないとばかりに、両目を大きく見開いた。 「それに対するコメントも凄いモンばっかやで。」 和葉は自分の携帯を操作して、蘭にそのページを見せた。 携帯を受け取っていくつかのコメントを読んだ蘭が、 「こんなのって・・・。こんなのって酷い、酷すぎる・・・。」 と震えながら漏らした。 「ええんやて、蘭ちゃん。ほんまのことなんやし。」 「何に言ってるのよ和葉ちゃん!」 「ありがとな蘭ちゃん。やけど、こんなんやから何所行っても蘭ちゃんに嫌な思いさせるかもしれへんし、今日はこのまま家に帰ってもええやろか?」 「私だったら、全然平気だから。」 だけど蘭は、和葉のことを一番に考えてその言葉に素直に従うことにした。 和葉の家に着くまでの間も、女の子たちの冷笑は絶えることがなかった。 中には、これ見よがしにワザと和葉にブツかって来るヤツまでいる有様。 蘭はそれなのに自分に笑ってくれる和葉に、心が締め付けられる想いだった。 家に辿り着き和葉がポストから取り出したのは、そんな蘭をさらに驚かせるモノだった。 宛名の無い封筒には、和葉への明確な憎悪。 嫌がらせと言うには度を越しているモノ。 切り刻まれた和葉の写真に、今のご時世どこから持って来たのかと思う様な釘の刺さったわら人形、そして無数の風俗チラシ。 「和葉ちゃんこれ・・」 蘭は信じられないモノを目にして、言葉が出ない。 そんな蘭を、和葉は無言のまま家に招き入れ、中に入るときっちりと玄関に鍵を掛けた。 そこで初めて、和葉は肩の力を抜く様に大きな溜息を零したのだった。 「驚かせてごめんな、蘭ちゃん。」 「ううん。私のことなんか気にしないで。それより和葉ちゃん、いつからなの?もしかして、服部くんが東京へ行ってからずっとこうなの?」 「さっき、モバイルサイトのこと言うたやろ。あれが広まってから、すぐに始まったんよ。」 2人は和葉の部屋に場所を移した。 和葉は洋服ダンスの奥から、ダンボールを取り出して中身を蘭に見せる。 「こんなに・・」 「お父ちゃんに知られた無いから捨てられんで、この箱に放り込んでいったらこんなになってもうたわ。」 和葉は箱を見ながら苦笑い。 「平次の人気はよう知ってたはっずやったんやけど、まさか、こんなんなる程とは流石に思うてなかったわあたし。」 「このこと、服部くんには知らせたの?」 「平次?言うてへんよ。」 「どうして?」 「やって平次には何も関係無いことやし。」 「だからって・・」 「ええんよ、蘭ちゃん。これはあたしの問題やから、平次には迷惑掛けた無いねん。やから蘭ちゃんも黙っといてな。」 「和葉ちゃん・・」 その後、和葉が語るここ数週間の話は、蘭でなくとも憤りを覚える内容だった。 今まで平次の側にはいつも和葉が居た。 そして、今、和葉の側に平次は居ない。 しかも、和葉は平次から振られている。 和葉のことを快く思っていなかった者にとっては、恰好の標的。 「あたしもバカやったわ。結果が分かってたんに、あ〜んなトコで告ってもうたんやから。」 「誰かにこのこと相談したの?」 「サイトに気付いた同級生が相談に乗ってくれてるんよ。」 「だったら、新一にも・・」 「それはあかんよ蘭ちゃん。工藤くんに相談したら平次にばれてまうやんか。友達にも、平次には言わんようにお願いしてるんやから。」 「でも・・」 「ありがとな、蘭ちゃん。ほんまにええんよ。こんなん、どうせすぐに治まるやろから、放っとくんが一番なんやて。」 しかし和葉の言葉とは裏腹に、蘭は大阪を離れる瞬間まで、和葉に対する心無い仕打ちに驚かされ続けたのだった。 たった一つのコトが、大きな変化を生み出したが為に。 |