「 CHESS 」
notation 02
「 rook 」
和葉と蘭はあの日から、今まで以上に頻繁に連絡を取り合っていた。
それこそ、2日に1度の割合でメールをしている。
しかし和葉は、あった出来事のすべてを書いている訳では無かった。
1ヶ月、2ヶ月、時が経つに連れて和葉への嫌がらせはエスカレートしていったから。
初めに和葉が思っていたのとは反対に、事態は深刻なモノへと変貌を遂げ初めていたのだ。

大学の夏期休暇が始まってすぐに、和葉は大阪から逃げ出す様に蘭の元を訪れた。

「かんにんな蘭ちゃん。勝手に押し掛けて来てしもて。」
「ううん。気にしないで。私もお休みの間は、こっちに来てって言うつもりだったんだから。」

蘭は喜んで和葉を迎え入れた。
和葉が嫌がっても、この休みの間はこっちに呼ぶつもりでいたからだ。

和葉自身、本当は平次がいる東京には来たくは無かった。
ただ、選択の余地が無かった。
和葉の現状は今や、どうにもならないところまで来ていたのだから。

「とうとう、お父ちゃんにもバレてしもたんよ。」
「何かあったの?」
「うん。あんな・・」
和葉が言いかけた時に、蘭の携帯が着信音を奏でた。
「工藤くん?」
「ごめんね。」
「ええよ。」
蘭は携帯を片手に、部屋を出て行った。
暫らくしてから戻って来た蘭は、言いにくそうに新一からの伝言を和葉に伝える。
「あのね・・・新一が・・・・・・和葉ちゃんがこっちに来てるなら、みんなで会おうって・・・・・・どうする?」
みんなとは、もちろん平次のことも含まれる。
「そやね。」
和葉は俯いて答えた。
「・・・・・・・・和葉ちゃん。実は服部くんなんだけど・・・・・・・」
蘭はさらに何か言いにくそうに口篭った。

「彼女が出来たんやろ。」

そんな彼女の言葉を受け継いだのは和葉だった。
しかし、俯いたままの表情は見えない。
蘭はこれ以上開けないくらいに、目を見開いた。
「知って・・・・・たの?」
「あたしは平次のことなら何でも知ってるんやで。」
「・・・・・」
「そんな顔せんといてぇや、蘭ちゃん。あたしはストーカーとちゃうで?」
蘭は大きく首を振った。
「そんなこと思ってもないよ。まさか・・」
「そやねん。どっかのお節介がそらぁご丁寧に平次の近況を一々勝手にメールして来るんや。」
「そうなの・・」
和葉は顔を上げない。
蘭も顔を下げた。
これも、和葉への嫌がらせの一つだと気付いたから。
「それに、平次からも直に報告されてるし。」
だが、続いた言葉に蘭は勢いよく顔を和葉に向けた。
和葉もゆっくりと蘭を見た。
「あたしに自慢したかったんちゃう?」
笑いきれていない。
「冗談やて。あたしには自分から言いたかったんやて。ふふ。平次らしいやん。」
蘭は和葉をぎゅっと抱きしめた。

・・・・・・・・・・・なんで・・・なんで和葉ちゃんばっかりがこんな想いをしないといけないの・・・・・・・・・・・

「服部くんて・・・服部くんて・・・」
「どんだけ〜。て?」
和葉は泣かない。
「あたしな、この数ヶ月で出来る様になったことがあるんよ。」
蘭は抱きしめる腕を緩めない。
和葉はただじっと、その腕の中で微笑んでいるだけ。
「それはな、蘭ちゃん。何があっても、どんな時でも、笑ってられんねん。涙なんか出てきぃへんねん。」
「そんなことしちゃダメッ!」
蘭が泣いている。
「そんなこと、そんなこと覚えちゃダメよ・・・」
和葉の腕がそっと蘭に回された。
「蘭ちゃんにはほんま感謝してる。あたしなんかの為に泣いてくれるんやから。そやけどな、あたしはこれでええんよ。」
違うと言う様に、蘭は首を振る。
「別に心が荒んでしもた訳や無いねん。抵抗する力が無くなった訳でも無いねん。」
和葉は蘭の顔覗き込む。
「これがあたしの強さやねん。蘭ちゃんやぎょうさんの友達に支えられてるやん、あたし。やから、笑ってられるんよ。」
蘭の涙を優しく拭う。
「やからお願いや、蘭ちゃん。平次に会う時は、蘭ちゃんは笑顔で居って欲しいねん。」
「・・・・・。」
「平次の彼女に会うても、笑顔で、いつもの優しい蘭ちゃんで居って欲しい。」
「いいの?」
「あたしがそうして欲しいねん。」
「和葉ちゃんは優し過ぎるよ。」
「あたしは・・・あたしは昔っから平次を甘やかすんは得意やから。」


・・・・・・・・・・・これ以上・・・蘭ちゃんに心配はかけられへんしね・・・・・・・・・・・・


2人は明日、みんなで食事をする予定をたてた。
そして和葉の現状が誰にもばれないように、笑顔で元気な2人でいる約束もした。


それはまるで、新たな出会いを演じるかのように。





はい。「CHESS」 notation02 「rook」でした。
これも酷いです。誰がって服部が。(笑)
蘭ちゃんは必死で和葉を助けてあげようとしてるんだけど、和葉はもう諦めてしまってるのか?
友達って、生涯最高の宝だよね。
by phantom


■CHESS用語■
ルーク(rook)=チェスの駒の一種。戦車を表し、塔または城のような形をしている。
          縦及び横線上にある任意のマスへ移動できるが、他の駒を飛び越えることは出来無い。
          ルークの価値はポーン5個分の相当する。(局面によって駒の価値は変動するため絶対では無い)
          「新人」を指す英語のルーキー (rookie) はこのルークに由来する。
          これはルークがチェスの駒のうち最も遅く展開するためで、既に出ている他の駒にとって
          「後からやってくる存在」(新参者)となるためである。

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