「 CHESS 」 |
notation 05 |
「 knight 」 |
イギリスのイングランド東部にあるケンブリッジシャー州の首都。 ここは世界第2位と評される大学が存在している為に、大学都市として有名だ。 和葉が通う大学も、そんな環境の中に置かれた優れた場所だった。 毎年、日本から何人もの優れた学生が交換学生や留学生として訪れている。 だが、和葉の周りにはそれらしい学生はいなかった。 1人暮らしを始めたアパート。 大学の学部。 日本人は和葉ただ1人だけだったのだ。 しかし、同大学の学生はみんな和葉のことを喜んで受け入れてくれた。 和葉も本来の人見知りなどしない性格から、すぐに友人も出来、不慣れな言葉ではあるけれど楽しい日々を送っていた。 誰も和葉のことを知らない。 それが今の和葉にとっては、救いだった。 そんなある日、和葉はアパートの近くの本屋で偶然にもある人物と出遭った。 相手も和葉を見て驚いていた様だが、 「もし違っていたら申訳ありませんが、あなたは遠山和葉さんではありませんか?」 と笑顔で話し掛けて来た。 「え?そう・・・やけど・・」 和葉には一瞬誰だか分からなかった。 「覚えていませんか?一度、お会いしたことがあるんですけどね。」 不躾だとは思ったが、和葉は相手の顔をまじまじと観察した。 「あっ!確か・・・あの探偵甲子園ちゅう訳の分からん事件の時に居った人?」 和葉はあの後、平次から詳しく事件の内容を説明されなかったのである。 「思い出して頂けましたか?」 「え〜と〜・・・・し・・・白鳥・・・白魚・・・ちゃうわ・・・・・・はく・・はく・・・はくちょう?」 「ふふ。面白い人ですね。白馬です。白馬探。」 「そうや!白馬くん!」 和葉は探の笑顔に釣られて、嬉しそうに笑い返した。 「その白馬くんがなんでこんな所に居るん?」 「それは僕のセリフですよ?あなたの様子からして旅行者には見えないのですが?」 2人はもう一度お互いを見て、小首を傾げている。 「あたしはこの近くの大学に交換学生として来てん。白馬くんは?」 「僕はケンブリッジ大学に在学してるんですよ。」 和葉は驚いて、目を見開いた。 「マジ?」 「そんなことで嘘を付いてどうするんですか?」 「賢そうに見えるなぁ思うてたけど、ほんまに賢いんやね。」 「お褒めの言葉と受け取っておきます。」 2人同時に小さく噴出した。 「和葉さんは1人で来られたのですか?例の元気な名探偵くんも一緒ですか?」 探のその言葉に、和葉は視線を下に落とした。 「平次やったら東京に居るよ。」 探は和葉の様子から、聞いてはいけないことだったと察した。 「だったら安心してあなたをお誘い出来ますね。」 その言葉に和葉は不思議そうに顔を上げた。 「僕とアフタヌーンティをいかがですか?」 「あたしと?」 「英国では、素敵な女性をお誘いするのは紳士の嗜みですからね。」 和葉は探の優しい笑顔に誘われて、その申し出を受けることにしたのだった。 その日から、2人はよく本屋で出会う様になった。 この本屋は日本語の書籍も置いてある為に、和葉は必然的に来ることが多い。 しかし探の住んでいる近くにはもっと大きな本屋があって、彼は普段その店にしか行かないことを和葉は知らない。 最初の出会いは確かに偶然だった。 だが2度目からは必然。 探が目的を持って来ているのだ。 それは、和葉に会う為に。 探自身初めは、本当に何気なく知った顔を見かけたので、声を掛けただけだった。 そして言葉を交わす内に、和葉が何か抱えているいるコトに気付いた。 それは、和葉の些細な仕草や言動に表れていた。 他の人間なら見過ごしてしまいそうなモノだったが、探偵という類稀な観察力を持つ探には気に掛かるモノだったのだ。 ・・・・・・・・・・・彼女は何に怯えているのだろう・・・・・・・・・・・ そもそも、交換学生に推薦されるべき学生は2回生以上である。 探と同学年である和葉は新入生で有り、ここにいるべき人間では無い。 ・・・・・・・・・・・なら、どうして彼女は今ここにいるのか・・・・・・・・・・・ 謎があれば解明したくなるのが探偵である。 しかし、いくら探でも直接和葉に問い掛けることは憚られた。 その結果、しばらく和葉の様子を観察することにしたのだ。 そして何より和葉は、探偵という人種をよく理解していた為に、探としてもとても接し易かった。 気兼ねなく話せ、事件が起きても動じることも無く、警察からの急な呼び出しにも嫌な顔一つ見せない。 探が今まで知り合ったどの女性よりも、一緒にいて楽だったのだ。 和葉も初めは戸惑いながらだったが、少しづつ探に心を開き初めていった。 誰も自分のことを知らない場所で、ただ一人自分を自分だと認めてくれる存在。 初めは誰も自分を知らないことが楽だったけれど、いつしか、淋しくなっていたのも事実。 そんな時に、現れたのが探だったのだ。 それはまるで、ナイトに出逢ったかのように。 |