「 CHESS 」 |
notation 08 |
「 king side 」 |
「もう好きにせぇ〜!」 平次は乱暴に通話を切ると、携帯をポケットに突っ込んだ。 「なんだぁ?ほのかちゃんと喧嘩でもしたのか?」 新一は星の見えない夜空を見上げてから、仏頂面の平次をニヤニヤと見た。 眠らない街でも、流石にこの時間帯は静かな所も多い。 そんなビル街の午前1時に、平次の声が響き渡ったのだ。 午後の講義を受けている途中で、新一の携帯に事件の知らせが入った。 もちろん近くにいた平次も、新一に同行する。 そして2人懸かりで密室の謎を解き、犯人を挙げたのが午後11時ごろ。 使われたトリックを細かく説明し、犯人の動機などを聞いてから警視庁を出たのが午前0時過ぎ。 電源を落としていた携帯を二人同時に入れたのがそれからだった。 そしてすぐに、平次の携帯が着信を告げたのである。 「なんや最近ほのかのヤツ、めっちゃ煩いんや。1時間待ったくらい何や言うねん。」 平次はジャケットのポケットに両手を入れ直してから、大きく溜息を付いた。 「おめぇがちゃんと構ってやってないからだろうが。」 新一は呆れた様に、視線を前に戻した。 「構うって何やねん?俺は電話にも出てやってるし、メールかてちゃんと返事してやってんで。」 「当然だ。」 「それにや。買い物にやって付き合おうてやっとるし、飯やって食いに連れてっとるんやでぇ。」 「それも当然だ。」 「他に何があんのや?」 「約束をちゃんと守ってんのか?」 「はぁ?約束?」 「そうだ。待ち合わせの時間に遅れずに行ってんのか?まさか連絡もせずに、バックレたりしてねぇだろうな?」 新一は横目で平次を睨み付けた。 「そっ・・それは工藤かて同じやんけ。事件が起きたら、いちいちそんなん構うてられへんやろが。」 「お前なぁ・・」 「今までやってそうやったやんけ。」 「・・・・・・・・・・やがって・・・」 新一は小さく何か呟いた。 「何や?言いたいことがあるならはっきり言えや!」 平次の態度に業を煮やしたのか、今度はきっぱりと言い返した。 「まったく!おめぇはよぉ、和葉ちゃんにさんざん甘やかされやがって!って言ったんだ!!」 「なんやとう?!誰が和葉に甘やかされとるやて?!!」 平次はその場に立ち止まった。 新一も振り返る様に歩くのを止めた。 「そうじゃねぇか!恋人なら電話やメールにデートは常識だ!それに、約束は守ろうって小学校で教えられなかったか?何が1時間くらいだ!普通、恋人をそんなに待たせるバカはいねぇ!そんなヤツは即刻振られて当然だ!」 「・・・・・・・・・・」 「今までだってそうだっただぁ?それは、和葉ちゃんがおめぇのことを誰よりも理解してくれてたからだろう!同じことが、他の子に通用すると思うな!探偵としてのおめぇがどうか何て、ほのかちゃんは見たこともねぇんだ分かる訳ねぇだろう!」 そして、新一は言ってはいけない一言を叫んでしまう。 「彼女は似てるが和葉ちゃんじゃねぇんだぞ!!」 平次は押し黙ったまま動かない。 新一も自分の言ってしまったことに気付いて、次の言葉を呑み込んだ。 蘭から、 「服部くんが本当に気付いてないなら、このことは黙っておいてね。それがほのかちゃんの為でもあるし。それに。何より、和葉ちゃんの願いでもあるんだから。」 と言われていたのだ。 ・・・・・・・・・・・今さら気付いて欲しく無い・・・・・・・・・・ 蘭の言葉には、蘭自身のそんな気持ちも込められていることを、新一は知っていたから。 心の中で彼女たちに謝りつつ、それでも、今の平次の態度は許せないと思っていた。 新一は、平次が本当は和葉が好きなのだと確信していたからだ。 それに、本人がまったく気付いていないことも。 自分と余りにも似た境遇の平次が、あんなに何所にでも和葉を連れ歩いていた平次が、彼女を好きにならない訳が無いはずだと。 ただ自分達よりも近過ぎた距離にいたが為に、それに気付け無いのだと。 自分達みたいに離れたことが無かったが為に、気付く機会が無かったのだと。 「おめぇは何でほのかちゃんと付き合おうと決めたんだ?」 今度は静に問い掛けた。 「俺は・・」 「初めて彼女を見た時に、和葉ちゃんに似てるって思わなかったのか?」 新一は平次の答えを待たずに続ける。 「本当は和葉ちゃんに似てるから可愛いと想ったんじゃねぇのか?」 その言葉に平次は眼を見開き、 「違うのかよ?」 と言う言葉に、信じられないものを見る様に新一の顔を見た。 平次が自分の気持ちに気付き始めた瞬間だった。 それは、和葉が諦めてしまったもの。 それは、蘭が気付いて欲しく無いと思ったもの。 「だから、ほのかちゃんがお守りに触れるのを嫌がったんだろ?あのお守りは、おめぇと和葉ちゃんだけの特別なもんだからな。」 「・・・・・・・・・・」 「いくらほのかちゃんが似てるからって、彼女は和葉ちゃんじゃねぇ。」 「そうや・・」 「おめぇの命を何度も守ってくれたお守りだ。手放せる訳がねぇ。」 「ああ・・」 「手放せねぇ理由はそれだけか?」 「和葉が俺にくれたもんやからや。」 「和葉ちゃんは大切な家族だもんな。」 「ほんまに・・・ずっと・・・そうやと想うてたんや・・・和葉は・・」 「子分だったか?」 「工藤!」 「そんなに怒んじゃねぇよ。で、今でもそう想ってんのか?」 「よう・・分からん・・」 「だったらおめぇはシスコンだ。」 「殴るで工藤!」 平次は右手を拳にして新一に見せた。 「いちいち怒んじゃねぇよ。」 「お前がしょうもないことぬかすからや。人が真面目に考えとんのに。」 しばらく黙って歩いていた新一は、 「しっかり考えてから答えを出せ。真実は一つしかねぇんだからよ。」 と告げ再び空を見上げた。 平次も、 「そうやな。」 と視線をゆっくりと空に向ける。 そこは星の明りさえ存在しない、薄明かりに包まれた空間。 まるで光の霧に包まれた世界みたいに。 |