「 CHESS 」 |
notation 09 |
「 majority 」 |
大学の講義が終わり、今日は珍しく友達との約束をしていない和葉は、ゆっくりとアパートに向って歩いていた。 その姿は、どこか眠そうだ。 サマータイム導入時期内にこっちに来た和葉は、昨日その期間が終了した時に初めて全ての時計を合わせないといけない大変さを経験した。 しかも何を勘違いしたのか、本当は1時間遅らせないといけないはずの時間をすべて1時間早めてしまったのである。 その為に今日は実際の時間より2時間も早く登校してしまうハメになったのだ。 自業自得はと言え、何か理不尽なモノを感じている和葉だった。 「和葉〜!」 とぼとぼと歩いていた和葉の横に、なんともクラシカルな車が止まった。 「和葉!」 「探?どしたん?」 「どうしたのではありません!」 和葉はいきなり怒られて、まったく理由が分からずポカンと口を開けて立ち止まった。 「コホン。失礼しました。少々、慌てていたものですから。」 探も自分のらしくない行動に反省したのか、一つ咳払いをしてからいつもの落ち着いた声を出した。 「何かあったん?」 改めて聞き直す和葉を、探は助手席のドアを開いて車内に招き入れた。 「どないしたん?」 和葉の問い掛けには答えずに、ゆっくりと車を動かす。 両手でしっかりとハンドルを掴んでいる姿は、心なしか困っている様にも照れている様にも見える。 「携帯電話はどうしたのですか?」 やっと口を開いたのは、そんな言葉だった。 「携帯?」 和葉はバックの中をごそごそ。 「あっ!ない!」 「そういうことです。」 探のその言葉に和葉は、マジマジとその横顔見詰めた。 「僕の顔に何か付いていますか?」 どこか単調な、探にしては珍しい声音。 「もしかして・・・・あたしのこと心配してくれたん?」 「・・・・・・・・」 「そうなん?」 「いけませんか?」 大きく首を左右に振ってから和葉は、 「ほんまに?ほんまにあたしのこと心配して探しに来てくれたん?」 と不思議そうに再度問い返した。 「だから、そう言っているではないですか。」 前を向いたままだが、探の頬には少し赤味が差している様だ。 「何か、めちゃくちゃ嬉しいんやけど。」 探がやっと和葉の方へ顔向けると、そこには太陽の花が咲いた様な笑顔。 「・・・・・・・・」 自分が運転しているのも忘れて、探はその笑顔に魅入ってしまった。 「探!前!まえ!」 和葉の大声にやっと我に返りに、慌てて急ブレーキを掛ける有様。 後もう少しタイミングが遅ければ、前の車に突っ込んでいただろう。 「はぁ・・。」 胸の前で手を組んで、大きく深呼吸する和葉。 ハンドルに額を付けて、自分を落ち着かせる探。 「「ふふふふふ・・・」」 2人は同時にくすくすと笑い出す。 「ほんまにどないたん?いつもの探らしゅうないよ。」 和葉の声には、笑いが含まれている。 「まったくですね。我ながらそう思いますよ。」 探の声にも、楽しそうな響きが含まれている。 お互いに心地よい沈黙を楽しんだ後、探はゆっくり車を動かし、近くにあった公園の駐車場に止めた。 「少し歩きませんか?」 「そやね。」 2人は日の暮れた公園をゆっくりと歩き出した。 まだ時刻は午後5時過ぎだが、サマータイムの終わった今、太陽はすっかり沈みきっていた。 「寒く無いですか?和葉。」 「今日は朝から寒かったから、しっかり着込んでるから平気。」 「そう・・ですか・・」 探は両手をコートのポケットに入れた。 そのまま誰もいない公園を静に散歩する。 街灯に照らされている辺りだけが、ぼんやりと視界んに映る世界。 「一つ、聞いてもいいですか?」 「ええよ。」 2人の声も静かな闇に溶け込んでいく。 「僕のモノになる気はありませんか?」 「え?」 余りにも自然に聞かれたので、和葉は探の言っている意味が分からなかったのだ。 「だから・・・その・・」 探も流石に聞き返されると言葉に詰まった。 しかも真っ直ぐに大きな瞳で見詰められ、暗闇でも顔の色は誤魔化せない程に紅く染まっている。 「僕に和葉のことを守らせて下さい。」 「あたしのこと・・・」 和葉は言いかけた言葉を飲み込んだ。 そして今まで以上に目を見開いて、探の顔を見た。 やっと、探が何を言いたいのか理解したのだ。 「あ・・あたし・・」 今度は探が和葉の言葉を遮る様に、強く抱きしめた。 「和葉には悪いと思ったのですが、気になって、和葉のことを大阪にいる友人に調べて貰いました。」 探の腕の中で和葉の体が小さく震えた。 「すみません。でも、どうしても和葉のことが知りたかったんです。どうしてここにいるのか?何にそんなに怯えているのか?」 和葉は何も答えない。 「僕は和葉のことが知りたい。そして、これからは、僕があなたを守ってみせます。」 和葉と出逢ってからまだ2ヶ月余り。 探自身、自分の気持ちの変化に気付き始めたのは最近のことだ。 初めは本当に和葉の抱えているモノへの探究心と、西の名探偵がずっと側に置いていた幼馴染への興味だけだった。 それがいつしか、その興味の対象が和葉自身になっていた。 一緒に居ると楽しくて、頭の回転の速い和葉との会話は弾む。 さらには、無言の時さえ居心地の良い温かい時間にしてしまう和葉。 探は平次が和葉を側に置いていた理由が分かった様な気がし、そして、そんな和葉を手放したことが理解出来なかった。 ・・・・・・・・・・・だったら和葉は僕が・・・・・・・・・・・ そう思った矢先に、今回のことがあったのだ。 海外生活の長い探が、自分の気持ちをストレートに和葉に伝えたいと思っても不思議ではない。 そして、そんな探を更に急き立てたモノが、ジャケットの内ポケットに入れられていた。 |