「 CHESS 」 |
notation 11 |
「 queening 」 |
探から気持ちを打ち明けられたが、和葉には何と答えていいのか分からず、返事を待ってもらっていた。 和葉にとって男性から告白されることは初めてでは無かったが、今までみたいに即答することが出来なかったのだ。 高校時代までは、告白されてもその場で断っていた。 理由は勿論、平次がいるから。 そして平次に振られた後にも、何度か告白された。 しかし、それもすべて直ぐに断っていた。 理由は、平次の代わりに誰かを好きなることなど考えられなかったからだ。 ・・・・・・・・・・・嫌いや無いのは確かなんやけど・・・・・・・・・・・ 今の和葉にとって探は、蘭と同じ様に親しい友人と呼べる存在になっていることは間違いはない。 だが、それに恋愛感情があるかどうかが分からないのだ。 ・・・・・・・・・・・一緒にいたいって思うんはほんまなんやけど・・・・・・・・・・・ そんなことを考えながら和葉は友人宅でのパーティーを終え、1人街灯の明りを頼りにアパートへの道を歩いていた。 気が付けば、和葉以外に人影が無い深夜の街。 さっきまでは数人の友人が一緒に歩いていたのだが、それぞれに自分の家に向かう角を曲がって行ってしまったのだ。 和葉は急に心細くなって、辺りを見渡してみたが人っ子一人居ない。 「こんなん探にばれたら、怒られるんやろなぁ・・・。」 いくらこの地域が安全とは言え、真夜中に女の子の1人歩きは推奨されない。 だから和葉は探から、夜遅くなる場合は必ずに誰かに送ってもらうか自分に連絡を入れるようにと言われていたのだ。 しかし今の和葉は、今日のことは探に伝えはしたが、友達が一緒だからと迎えを断っていた。 まだ気持ちの整理がついていな状態で、探と2人っきりになる勇気がなかったから。 「寒っ。早帰ろ。」 マフラーをしっかりと首に巻き直し、コートの襟を左手で押さえると和葉は早足で歩き始めた。 コツコツコツと和葉の足音が街角に響き渡る。 冷たい風が少しでも顔に当たらない様に、俯き加減でいくつめかの角を曲がろうとした時、その視界の隅に黒い影らしきものが見えた。 誰かいるのかと足を止めるが、闇に阻まれてその姿を見ることが出来無い。 和葉は気のせいだろうと、再び歩き始めた。 あたりに響くのは和葉の足音だけ。 それなのに和葉には、今度ははっきりと人の気配が感じられた。 再度振り返るが誰もいない。 和葉は本能的に危険を察し、歩く速度をさらに速めた。 するとその気配も、和葉に合わせて速度を上げる。 「あかん。付けられてるわ・・・。」 とにかく人がいるところにと思うが、この辺りには日本みたい24時間のコンビニなんて存在しない。 和葉の住むアパートはここから、後2つ角を曲がった先だ。 「いちかばちか。」 そう呟くと、和葉は全力疾走で走り出した。 今度は後を付いて来る足音が、はっきりと聞き取れる。 それでも和葉は振り返る事無く走り続け、なんとかアパートまで辿り着いたが、 「きゃっ!」 階段を上がっている途中で、腕を掴まれてしまった。 その手を振り払って相手を得意の合気道で投げ飛ばそうとしたが、段差がある為に上手くいかない。 ・・・・・・・・・・・探・・・・探・・・・助けて・・・・・・・・・・ 明りに照らされた男は、見たことも無い顔。 渾身の力で相手を蹴り飛ばすと、和葉は素早く階段を駆け上がり自分の部屋に飛び込んだ。 だが男はすでに和葉のすぐ近くまで来ていたのか、無理やりにでもドアを抉じ開け様としている。 ・・・・・・・・・・・恐い・・・・・・・・・・・・ 和葉は震える体をなんとか必死で動かして、バックから携帯を取り出すと2度の操作で電話を掛けた。 「探!探!助けて!」 通話が繋がると探の言葉も待たずに、そう叫ぶ。 『和葉!今どこですか?!』 「あ・・アパート・・・知らん男に追掛けられて・・・部屋入っても・・・・・ドア開けようとしとるし・・・・探・・・恐い・・・。」 『すぐ行きます!それまで、椅子や机を持っていってドアが開かないようにして!!』 「早う来て!」 『僕が行くまでトイレに鍵をして隠れているんですよ!いいですね!』 その間も激しくドアを揺する音は続いている。 和葉は探から言われたことを実行する為に、近くにあった椅子やテーブルをドアの前に持っていった。 動かせる物をすべてを移動させると、携帯だけを持ってトイレに身を隠す。 「早う・・・早う来て・・・。」 和葉は真っ暗な中で膝を抱えて震えた。 大阪にいた時のことを思い出したのだ。 和葉は2度、ふざけた男達に襲われそうになったことがあった。 1度目は大学からの帰り道で、2度目は自宅の近くで。 幸いどちらも大事に至らないで済んだが、その記憶は和葉の中で決して消え無いものとなってしまった。 その証拠に、知らない男性がいると無意識に警戒し身構えてしまうのだ。 それが探からは、何かに怯えている様に見えたのだろう。 どのくらいの時間が経ったのか、和葉は自分の名前を呼ぶ声に気が付いた。 恐る恐るトイレのカギを外し出てみると、今度ははっきりと自分を呼ぶ探の声が聞こえる。 「和葉!大丈夫ですか?和葉!返事をして!和葉!」 「さぐ・・る・・・・・探!」 和葉は慌てて立ち上がると、急いでドアの前に積み上げた物を退かし始めた。 「和葉!」 すべてを退かすのももどかしくて、和葉はドアが僅かに開く程度になるとその隙間から飛び出して探にしがみ付いた。 「探・・探・・探・・・。」 「もう大丈夫ですよ和葉。」 探は震えながら自分に必死にしがみ付いて来る和葉を、優しく包み込む様に抱きしめる。 「恐かった・・・。」 「もう安心して。」 「ほんまに恐かったんよ・・。」 「僕がいます。」 和葉は小さく頷いた。 「探は絶対助けに来てくれるて思うてた・・。」 「和葉。」 「これからも・・・あたしのこと守ってくれる?」 和葉は気付いたのだ。 さっきまでの恐怖の中で、誰よりも先に探が浮かんだことに。 自分を助けてくれるのは、探しかいないと。 自分が助けて欲しいのは、探だと。 そう、和葉は一度も平次に助けを求めなかったのだ。 自分だけを守ってくれる探の腕の中で、和葉はやっと安心しきった微笑みを浮かべた。 |