「 CHESS 」 |
notation 13 |
「 trianglation 」 |
和葉は広いゆったりとした浴槽に浸かり、改めて回りを見回した。 浸かると言ってもイギリスの浴槽は深さがせいぜい30cmくらの為、半身浴と言った方が正しいだろう。 白い浴槽には金色の猫足が施されており、浴室すべての金属部分と同じである。 だがタイルなどは落着いた色調で統一されている為、全体的にごてごてしたイメージは無い。 いかにも探らしくて和葉は初めてのこの場所が、なぜだかとても気に入っていた。 昨日、知らない男に追掛けられて探に助けを求めてから、初めてこの部屋に付いて来た。 もう大丈夫だと言っても納得が出来無いらしい探が、半場無理矢理な状態で連れて来たのだ。 探の住むアパートメントは学生が1人で住むには、十分過ぎる程の広さと贅を尽くされた落ち付いた雰囲気の部屋だった。 ただ、今時のイギリス人でもここまで純英国らしい部屋に住んでいる人は珍しいだろう、と思うくらいに古風ではあったが。 それがまた探らしいと、和葉は思っていた。 「そやけど・・・・いつまでもここに居るいうんはあかんよなぁ・・・・」 昨日はいろいろあってここに来て、探が作ってくれたホットミルクを飲んで安心してしまったのか、いつの間にか眠ってしまった。 朝、目が覚めて自分がどこにいるか一瞬把握出来なかった和葉が、慌てて眠っていた部屋を飛び出したらリビングの暖炉の前で探が本を読んでいた。 そこで初めて、自分が探の部屋に泊まったのだ理解したくらいなのだから。 それからは自分の部屋に戻ると主張したのだけれど、結局お許しが出ず、身の回りの物だけを取りに帰ってまたここに戻って来てしまった。 「いくら寝る部屋が別々や言うても・・・・」 「おや?和葉は一緒のベットの方が良いと?」 「キャッ!」 和葉は突然の返事に、浴槽の中で小さく跳ねた。 「そうですよね。これは僕としたことが、気付いて上げられなくて失礼しました。」 バスカーテン一枚隔てて裸の和葉がいるというのに、探の声は至って真面目である。 「ちょ・・ちょっと探!」 和葉は近くに置いていたタオルで慌てて、体を包む。 「今日からは、是非、一緒に寝ましょう。」 「探!何しに来たん?」 「ああ、そうでした。母が使っていた物なのですがガウンがあったので持って来たんですよ。パジャマだけだと寒いでしょうから。」 「えっ?あっ・・・おおきに・・・」 「そうですかぁ。和葉は僕と一緒に寝たかったんですねぇ。」 「はぁ?」 「遠慮しなくてもいいです。僕は和葉ならいつでも大歓迎ですから。」 今度の声はどこか笑いを含んでいる。 「さ〜ぐ〜る〜!用が済んだらさっさと出てき〜〜〜〜!!」 「はいはい。のぼせないうちに上がるんですよ。」 慌てふためく和葉とは対照的に探は、涼しい声を残して行った。 「まったく・・・・・子供ちゃうんやから。」 それでも、ついつい顔が緩んでしまうのは仕方が無いようだ。 和葉はもう一度熱いシャワーを浴びると、1時間以上入っていた浴槽からやっと出ることにした。 探が持って来てくれたガウンに袖を通して、和葉は彼の待つリビングへ向う。 今朝と同じ様に探は暖炉の前で本を読んでいたが、テーブルの上には冷たい飲み物が置いてあった。 「これ?」 「僕のオリジナルドリンクです。和葉のお口にも合うといいのですが。」 まだ氷の解けていないそれを、ゆっくりと持ち上げ一口飲んでみる。 「おいしい!」 「それは良かった。」 「ありがとう。ほんまに美味しいわ。」 和葉は立ったまま残りを一気に飲み干し、 「これ・・」 何が入ってるん?と言いかけた時に、突然、和葉の携帯が着信を告げるメロディを奏で始めた。 「誰やろ?こんな時間に。」 時刻は午後10時を回っている。 こっちの友達がこんな時間に電話を掛けて来るのは珍しいのだ。 探も椅子に座ったまま、訝しげな表情を浮かべている。 鞄に入れっぱなしになっていた携帯を開いて、和葉は驚きの声を上げた。 「蘭ちゃんや!もしもし、蘭ちゃん!」 それでも声からは嬉しさが溢れている。 『和葉ちゃん?ごめんね。そっちは夜中だよね。』 「夜中言うでも、まだ10時やしぜんぜんかまへんよ。」 『そうなんだ・・・。和葉ちゃん今自分の部屋?』 「えっ?あっ・・・・ちゃうけど・・・・・」 和葉はちらっと探の顔を見る。 すると探は椅子から無言で立ち上がり、 「僕はシャワーを浴びて来ます。和葉はここに座って。」 と今まで自分が座っていた椅子に和葉を座らせると、その膝にブランケットをそっと掛けた。 和葉は携帯のマイクの部分を押さえながら、 「ありがとう探。」 と嬉しそうな笑顔を返す。 こんな何気ない優しさや気遣いが、とても嬉しいのだ。 『誰かいるの?』 「うん。やけどもう大丈夫やで蘭ちゃん。」 『・・・・・・もしかして・・・・・白馬くん?』 和葉と蘭はずっとパソコンのメールでやり取りしていた為に、蘭は探の存在を知っていたのだ。 「実はな。あたし今、探の部屋に居んねん。昨日いろいろあって泊めてもろうてるんよ。」 湯上りと暖炉の火照りだけではなく、和葉自身が自分の言葉で赤くなった。 『えっ?!』 「そっ・・それより蘭ちゃんが電話くれるなん初めてやん。何かあったん?」 和葉は突っ込まれる前に、慌てて照れ隠しで話題を変えた。 『・・・・・・・・・』 「蘭ちゃん?どないしたん?」 蘭の様子がおかしいことにやっと気付いた和葉は、 「何かあったんやろ?あたしなら平気やから。何でも言うてええよ、蘭ちゃん。」 と落着いた声で話し掛けた。 『あのね、和葉ちゃん。さっき・・・服部くんから電話があったの。』 「そっか・・。とうとう、ばれてしもたんやね。」 『ごめんね・・』 「何も蘭ちゃんが謝ることやないよ。いつかは、ばれてまうことやったんやから。」 『だけど、服部くんこれから私に直接、話が聞きたいって。』 「そう・・なんや・・」 『どうしたらいい?どこまで話たらいい?もし和葉ちゃんが何も言うなって言うんだったら、私、何も話さないから。』 「ありがとな蘭ちゃん。やけど平次相手に何も話さへん言うんは無理やわ。それよりな、これからあたしが言うことだけ黙っといてくれる。」 『もちろんよ。約束は絶対守ってみせるから。』 和葉はただ一つのことだけを蘭に頼んだ。 それだけは、絶対に平次にだけは知られたくなかったのだ。 和葉に悪いとは思いつつもドアの外で聞いていた探は、やがて口元に優しい笑みを称えて静にその場を後にしたのだった。 |