「 CHESS 」 |
notation 14 |
「 overload 」 |
蘭は鏡の前で大きく深呼吸をして、 「大丈夫。」 と目の前にいる自分自身に言い聞かせた。 幸い、新一は昨日から事件に出かけていてまだ連絡がない為、今日は特に今後の予定は無い。 しかし、例え新一に誘われても本当は今日を空けておこうと思っていたのだ。 ほのかが電話をして来てからは。 昨日の丁度お昼頃、ほのかから行き成り電話が掛かって来た。 『蘭さん、ほのかです。今、いいですか?』 「ほのかちゃん?いいわよ、どうかしたの?」 いつもと違い、ほのかに元気が無いことに蘭はすぐに気付いた。 『実は今日、平次と約束してたんですけど・・』 「その様子だと、もしかしてまたすっぽかされた?」 『・・・・・・・・』 「そう・・・なんだ。」 『平次・・・・今・・大阪にいるって・・』 「おお・・さ・・か・・」 蘭は突然自分の心臓が大きく跳ねたことを自覚した。 『しかも・・・今日は帰らないって・・』 「・・・・・・・・」 『蘭さん?』 「あっ、ごめんね。でも、服部くんの実家は大阪だし、何も心配することはないんじゃないかな。」 自分の動揺を悟られまいと、携帯の前で笑顔を作って言葉を返す。 『でも・・・平次、今まで一度も帰って無いんですよ。それなのに急に里帰りなんて可笑しくないですか?』 「どうして、そう、思うの?」 『最近・・・平次の様子がおかしくて。』 「どんな風に?」 『話掛けても聞いて無いことが多いし、なんだか笑顔も少なくなった気がするし、それに・・・』 「それに?」 『あのお守り・・・和葉さんから貰ったっていうお守りをぼうっと見てるんです・・』 蘭はキュッと下唇を噛み締めた。 『もしかしたら、和葉さんに会いに行ったのかも・・・』 ・・・・・・・・・・・どうしよう・・・・何て答えたら・・・・・・・・・・・ 蘭の頭の中は、混乱していた。 平次が和葉に会いにいったのは間違いがないだろうとは分かっても、それをそのままほのかに言う訳にもいかない。 「和葉ちゃん・・・だったら今は大阪に・・いない・・から、その心配は無いと思うよ。」 きっともう平次にはばれてしまっているだろうと覚悟を決めて、蘭はほのかにそう言ったのだ。 『そうなんですか?和葉さん、大阪にいないんですか?』 ほのかの声には僅かに嬉しさが篭っている。 「そうなの。交換留学生として、外国に行ってるのよ。」 『な〜んだ。そうだったんだ。』 「だから・・」 ここに来て蘭は言葉に詰まってしまった。 だから安心して、とはどうしても言うことが出来無い。 『あ〜またやちゃった。私の早とちりのクセ、ぜんぜん直らないんですよね。でも、これで安心して平次が帰って来るのを待ってられます。蘭さんに相談して良かった!ありがとうございます!そして、ごめんなさい、お昼の時間に変なこと言ったりして、また電話しますね。』 ほのかは和葉が居ないことで安心しきったのかそう早口で告げると、蘭の言葉も待たずに通話を終了させてしまった。 「はぁ・・・」 ごめんねほのかちゃん、と心の中で誤りながらも、蘭は電話が切れたことに安堵の溜息を零した。 それからというもの、いつ平次から電話が来るか気が気では無かったのだ。 夜もほとんで寝てないと言ってもよい。 だから平次から早朝に電話が掛かって来た時は、余りに緊張し過ぎた為に携帯電話を開くことすらまま成らなかったくらいなのだ。 それでもなんとか必死で平静を装って、前もって決めておいた待ち合わせ場所を告げるたのである。 本当は和葉にはこのことを黙っていようとも考えた蘭だったが、ほのかの言った平次の様子から、 ・・・・・・・・・・・もしかして服部くん・・・気付いたのかも・・・・・・・・・・・ と思うようにもなっていた。 平次が本当に自分の気持ちに気付いてしまったのなら、それは蘭の心の中だけに閉まっておくこことは出来無い。 そう覚悟を決めて、和葉からメールにて教えて貰った番号に掛けたのだ。 探のことも和葉からのメールにはよく登場していて仲良くしているのは知っていたけれど、まさか部屋に泊まるほどになっているとは想像していなかった。 ・・・・・・・・・・・今の和葉ちゃんには・・・言えない・・・・・・・・・・・ 伝えなくてはいけないと思いながらも、電話の向こう側で恥ずかしそうに探の話しをする和葉に蘭はとっさに平次の気持ちを隠すことにした。 やっと本当の笑顔を取り戻したであろう和葉を、自分の一言で再び暗く沈んだ顔にしたくなかったのだ。 そして和葉から言われたたった一つのことも、そんな蘭の気持ちを肯定している。 『これだけは平次に言わんといてくれる。それはな、あのほのかって子に会うた後のことやねん。あたしが泣き喚いて蘭ちゃんにぎょうさん言うたやんか?あれ、思い出しても恥ずかしいし、なんや・・・惨めやもん・・。今は・・・そんなこともう思うてへんし。それにな、今のあたしには探が側に居ってくれるやん。やから・・・その・・・何て言うてええんか分からへんねんけど、その・・・なんとなくやけど、平次の気持ちも分かるような気ぃしてんねん。』 平次のことを振り切って新しい恋をしようとしている和葉に、どうして今更、平次が和葉への気持ちに気付き始めてるなんて言えるだろうか。 「私だったら・・・」 蘭は何か言い掛けて大きく首を左右に振った。 「うんん。そんなことない。知りたくなんかないはずよ。」 自分の仕草と声で、僅かに浮かびかけた感情を押し殺す。 それでも蘭の表情は曇っていた。 ほのかに本当のことを言えなかった。 和葉にまで、伝えなくてはいけないことを隠してしまった。 そしてこれから会う平次には、きっと和葉が望んだ以上のことを教えられないだろう。 今の状況を、すべて把握しているのは蘭だけだ。 新一にさえ、和葉のことは何も話してはいない。 蘭は自分1人で、すべてを背負い込むことに決めた。 ・・・・・・・・・・私がしっかりしないと・・・・みんなに迷惑を掛けてしまう・・・・・・・・・・・ 蘭の行動一つで、今の微妙なバランスは崩壊してしまう。 「私が望むのは、和葉ちゃんの笑顔なんだから。」 本当はみんなに笑顔でいてほしい。 しかしそれが望めないのなら、せめて自分が心から守ってあげたいと思った和葉にだけは笑顔でいてほしいと。 蘭は鏡の前でもう一度大きく息を吐き、 「私なら大丈夫。」 と笑顔を自分自身に見せた。 待ち合わせ場所に指定したお店に着くと、そこにはすでに平次の姿があった。 蘭に気付くと軽く右手を挙げ、どこからしくない不安そうな瞳をしている。 蘭は一度足元に視線を落とし目を閉じたが、ゆっくりと顔を上げた時には、その意志の強さが現れている真っ直ぐな瞳を平次へ向けた。 それは自分がすべきことを、心に決めた眼差しだった。 |