「 CHESS 」 |
notation 15 |
「 outpost 」 |
『ぼっちゃま、昨日、工藤新一さまりよお電話がございました。』 「工藤くん本人からかい?」 『さようでございます。』 「それで用件は?」 『何でも直接ぼっちゃまとお話したいそうで、ばぁやは存知上げておりません。』 「ふ〜ん。直接僕にねぇ・・」 『どう致しましょうか?ぼっちゃまがよろしければ、そちらの番号を教えて欲しいとのことですが?』 「ああ。構わないよ。こっちの時間で夜8時ごろ掛けてくれるよう伝えてくれ。」 『畏まりました。』 イギリス時間の午後8時とは、日本時間では午前5時である。 これは突然白馬の自宅に電話をして来て、用件も言わずに自分の番号を教えてくれと言う新一への嫌がらせだ。 残りの報告をあっさりと聞き流すと、探はばぁやからの定期連絡を終えた。 「工藤くんがねぇ・・・。考えられる用件としては、あのことか、それともこれか。」 チェストの引き出しに入れていた、エアメールを取り出す。 「どちらでしょうかね?」 ふふっと笑ってからそのエアメールを壁に掛っているジャケットの内ポケットに納めると、キッチンに向かい朝食の準備を始めた。 「和葉。もう朝ですよ和葉。」 「う〜・・・・」 「起きて和葉。」 「ん〜〜ん・・・・・あと・・」 「チュッ。」 「・・・・」 「起きて。チュッ。」 「 ! 」 和葉は一気に両目を全開にした。 「おはよう和葉。」 「おっ・・・おはよう・・」 「目は覚めた?それとも・・」 探はもう一度キスをしようとしたが、 「さっ覚めた!ばっちりやわ!」 と言う和葉に、 「それは残念。」 と本当に残念そうに少し和葉から離れた。 「残念・・てなんなん?起こしに来たんやろ?」 和葉は布団から目だけを出して、恨めしそうにそう告げる。 「ああ。そうでした。」 いかにも今気付きましたとしらっと惚ける探に、和葉も思わず笑みが零れる。 お互いにくすくす笑いあった後、 「お返しは?」 と言う彼に、 「おはよう探。」 と和葉は照れながらではあるが、その唇にそっと触れた。 2人は昨日、探が宣言した通りに彼のベットで一緒に寝たのだ。 そして和葉は正真正銘、探の彼女になったのである。 いづれこんな日が来るだろうとは思っていたが、まさかこんなに早くとは2人ともはっきり言って想像していなかった。 謀らずしも、昨夜の蘭からの電話がそのきっかけを作ったのだ。 「では、朝食にしましょう。そこに座って和葉。」 「へ?ここ?」 「ええ。」 和葉の顔には?が飛び交っている。 それでも笑顔で座ってと言われるからには、とにかく座ってみようと思ったのだろう、布団から体を出しかけた。 「!!キャ!////////」 それなのに、小さな悲鳴と共に再び布団の中へ逆戻り。 「み・・・見たぁ〜?////////」 「はっきりと。」 「う〜〜〜〜!!////////」 「僕はそのままでも構いませんが?むしろ、そのままの方が嬉しいんですけどね。」 「ううう〜〜〜う〜!!////////」 「はいはい。いつまでもそこで威嚇されても困るから、これでも羽織って。」 探が差し出した男物のシャツを引っ手繰ると、和葉は器用に布団の中で身に付けた。 「ぷはぁ〜。」 やっと布団から抜け出すと、大きく息を吐いた。 「お見事。」 そんな和葉を面白そうに見ていた探は、ゆっくりと和葉の前にイングリッシュ・ブレックファーストをトレイごと置いた。 「わぁ〜!これ、探が作ったん?」 お皿の上には、ベーコンと目玉焼き、チップスやベークドビーンズ、ソーセージにマッシュルームそれに焼きトマトまで載っている。 「これが、イギリスの代表的な朝食です。それと、朝はやっぱりミルクティですね。」 差し出されたカップには、たっぷりとミルクの入った香り良い紅茶。 「いただきま〜す!」 朝日の差し込む部屋でベットにシャツを羽織っただけの和葉と、ざっくりとしたセーターを着た探はベットに腰を掛けて、二人は楽しそうに食事を始めた。 その光景は映画の一場面みたいにおしゃれだったが、和葉はそのことに気付いていない。 「明日からは、和葉にお願いします。」 「何を?」 「もちろん、朝食ですよ。」 どうやら探はこのまま和葉を、アパートに返す気は無いらしい。 少しだけ考えた和葉だったが、 「ええよ。」 と頬を染めてはにかむ様に答えた。 「・・・・・・・」 「探?」 「あっ・・・では、今日中に必要な荷物を出来るだけ取ってきましょうか。」 探は和葉のはにかんだ笑顔に見惚れてしまい、珍しく反応が遅れてしまったのだった。 朝食を終えてからは探の運転する車で、和葉のアパートと探のアパートを2人で何往復もして荷物を運び入れた。 元々和葉の荷物はそんなに多くなかったのだが、探の車が荷物を積む仕様になっていなかった為にそうなったのだ。 2つのアパートの距離は、車で10分程度。 寒い季節なのに、動き回ってる2人は体も心も温かく、会話は途切れることがなかった。 お昼は探オススメのお洒落なお店で、美味しいホットサンドとこれまた極上の紅茶。 和葉はずっと頬が緩みっぱなしだ。 午後からはだいたいの荷物の移動が終わったので、和葉は自分の専用になる部屋で小物の整理、探は和葉に部屋を追い出されいつもの定位置で読書をして過ごした。 夕食も近所のレストランで済ませ、暖炉の前で2人でゆっくりとした時間を過ごしている時に部屋の電話が古風な音を立てた。 探はちらっと時計を確認してから、手を伸ばして近くの受話器を持ち上げる。 「はい。白馬です。」 日本語で電話に出た探に和葉が不思議そうな顔向けると、口元をそっと上げて微笑んで見せる。 『おめぇは、そっちでも日本語で電話に出てんのか?』 いかにも不機嫌そうな新一の声。 「工藤くんからだと分かってましたからね。それとも、英語がお望みならそうしましょうか?」 『いらねぇよ。』 和葉には新一の声は聞こえていないが、探の言った名前にえっ?と反応を示した。 「それで、お忙しい工藤くんがわざわざイギリスにいる僕に電話をしてきた理由を聞かせてもらいましょうか。」 『ったく。嫌味ったらしい野郎だな。今度はぜってぇ、そっちが朝5時の時に電話してやっからな。』 「寝てます。」 『・・・・・・・・』 「で、ご用件は?」 『おめぇんとこにも、鈴木次郎吉氏から依頼が行ってるんじゃねぇかと思ってよ。』 新一の言葉に探はほっと胸を撫で下ろし、和葉に優しく首を左右に振ってみせた。 和葉のことを聞いてきたのでは無いと。 別に隠すことでは無いけれど、昨日蘭から電話があったばかりだった為か新一からの突然の電話に和葉は驚いてしまったのだ。 自分のことでは無いと分かるとふぅ〜と椅子に深く納まってしまう。 そんな和葉を優しい目で見詰めながら、探は新一からの申し出をただ黙って聞いていた。 ・・・・・・・・・・・探は近いうちに・・・いっぺん日本に帰るかもしれへんなぁ・・・・・・・・・・・ 和葉はそんなことを思いながら、心地よい暖炉の暖かさとそっと手を握ってくれる探の温かさに、静に目を閉じていった。 |