「 CHESS 」 |
notation 16 |
「 sealed move 」 |
「ごめんなさい。待たせちゃったかな。」 「いや。俺もさっき来たとこやし。」 蘭は敢えて笑顔を作ったが、平次は無理に笑おうとはしなかった。 「せっかくの日曜なんに、すまんな。」 「気にしないで。それより、私に聞きたいことって何?」 蘭は単刀直入に切り出した。 ここに長居は出来無いと思ってのことだった。 なぜなら、相手から自分に必要な情報を聞き出すことは、探偵である彼にとってはそう難しいことでは無いのを知っているからだ。 平次も新一と同じく優れた探偵なのだ、時間が経てば経つほど状況は蘭に不利になってくる。 「和葉のことや。」 「和葉ちゃんのことなら、私より服部くんの方がよく知ってるんじゃないの?」 ウエイトレスにミルクティを注文しながら、蘭は当たり前の様に答えた。 「俺には何も言うなて、和葉から言われたんか?」 だが平次は、蘭のそんな態度をきっぱりと切り返す。 「どうして、そう、思うの?」 ほのかにしたのと同じに、蘭も問い返した。 「ほんまやったら俺に、文句の一つでも言うてるはずや。ねぇちゃんは和葉の親友なんやしな。ちゃうか?」 平次のすべてを見透かしている様な目に、蘭は肩の力を抜いて小さく息を吐いた。 「やっぱりダメね。服部くん相手に惚けても。でも、もう全部知ってるんじゃないの?大阪に帰ってたんでしょ?」 「ああ。おかんや和葉んダチから色々聞かされたわ。それに、和葉ん家も見て来た。」 「そうなんだ。驚いたでしょう。」 「初めは自分の目が信じられへんかったで。」 「そんなに凄かったの?」 「そや。なんや、ねぇちゃんは見てへんのか?」 「私が行った時は、丁度、塀全体を塗り直した後だったから。」 蘭は運ばれて来た紅茶に、スプーン1杯の砂糖を入れた。 「おっちゃんが2へん業者に頼んで塗り直したらしいんやけど、あっちゅう間に元に戻ってしもたておかんも言うとったわ。」 クリーマーに入っているミルクを、カップいっぱいまで注ぐ。 「和葉ちゃんも朝起きる度に、落書きが増えてるって言ってたもんね。」 ゆっくりと掻き混ぜても、僅かにカップの外に零れてしまった。 「ほかに、何か言うてへんかったか?」 すぐに答えなくてもいい様に、蘭はカップをそっと持ち上げて口を付けた。 平次も急かすこと無く、黙ってその様子を見ている。 「悔しいって、言ってた。」 「くやしい?」 平次は思いも寄らない単語に、訝しげな顔をして聞き返した。 「そう、悔しいって。どこの誰がやったか分からないから、仕返しが出来無いって。見付けたら、絶対にとっちめてやるんだって。和葉ちゃんらしいと思わない?」 「そやな。そやけど、それは、和葉の本心とちゃうんやないんか?」 「そうかもね。服部くんはどう思ってるの?」 平次の疑問に質問で返す。 「和葉やったらほんまに思うてることは隠して、周りに心配掛けへんように強がって見せるはずや。」 「・・・・・。分かってるんなら、どうして・・」 言いかけた言葉を、口の中に飲み込む。 「遠慮なんせんでええから、ねぇちゃんが思うとることを言うてくれ。」 優しい声ではあるが、そこには強い意思が含まれていた。 その声に、今まで必死で感情的にならまいとしていた蘭の声が微かに震える。 「そこまで・・・そこまで和葉ちゃんのこと分かってるんなら、どうして?どうして、和葉ちゃんを・・・」 「自分でも分からんのや。」 最後まで言い切れなかった蘭に、平次は答えた。 「あん時、ほんまどうしてええんか分からんかったんや。行き成り和葉ん気持ち聞かされて、とっさにあかんて思うてしもた。俺らずうと一緒やったんや。ガキんころから、それこそ記憶に無いくらいから一緒に居った。学校も遊ぶんも、それこそ家に帰っても一緒や。ここまで来たら、血なん繋がっとらんでもほんまもんの兄妹やろ?やから、和葉にもそう言うてしもた。そやけど今は」 「ダメッ!」 突然の蘭の悲鳴の様な声に、平次は目を見開き言葉を止める。 「今は違うって言うの?今は和葉ちゃんのこと兄妹だと思って無いって言うの?まさか今更、本当は和葉ちゃんのことが好きだなんて言わないわよね。ううん。言わせない。そんなの絶対に認め無いんだから!」 「ねぇちゃん・・」 「だって・・だって和葉ちゃんが可愛そうじゃない。どれだけ和葉ちゃんが苦しんだと思ってるの?まったく知りもしない人達から嫌がらせされて、陰口叩かれて、大学でだって一緒にいるとその人にまで迷惑掛けるからってずっと1人ぼっちで我慢してたのよ!それなのに、今更、何言ってるの!」 「・・・・・・すまん・・・」 今にも泣き出しそうな蘭に、やっとその一言を返す。 「和葉ちゃん、泣けないって。どんなに辛い時でも、笑ってられるって。涙が出て来ないって。それが、どれほど辛くて悲しいことか服部くんに分かる?」 「・・・・・・・・クッ・・」 平次は体中に力を入れて、その衝撃から耐えた。 それは今、蘭が言ったことこそが、平次が本当に知りたかったことだったから。 和葉の本当の気持ち。 辛い時に泣けなくなってしまう程の孤独。 親や友人では埋められない淋しさ。 笑っていないと保てないだろう心の危うさ。 ・・・・・・・・・・・俺のせいや・・・そこまで和葉追い詰めたんたんは俺や・・・すまん・・・・・・・・・・・ 「・・・・・・和葉・・・」 平次が呟いた和葉の名前。 その声音は蘭の心に、小さな痛みを齎した。 覚悟していたはずなのに、平次を傷付けてしまったこと。 和葉は止めなかったけれど、言わないつもりだったことまで言ってしまったこと。 和葉の辛さや苦しみを知れば知るほど、平次の和葉への想いは加速してしまうかもしれない。 それが分かっていたのに、感情に流されてしまったのだ。 ・・・・・・・・・・・ごめん・・なさい・・・・・・・・・・・ 心の中で囁かれたその言葉は、誰に向けられたものなのか。 それは、蘭自信にも分からなかった。 |