「 CHESS 」 |
notation 22 |
「 quiet move 」 |
「ちゃうな・・・お前ら・・・やったな。」 平次は伏せていた体をゆっくりと起こしながら、その目はほのかを捉えていた。 「ええ加減、そのサル芝居は止めや。」 静かな声音だが、そこに含まれているのは明確な憎悪。 ほのかはさっきまでの僅かに現れていた高揚感が、一気に凍りついたのか、両手を口元に持っていき小刻みに震え初めている。 「工藤も、何をちんたらカマ掛けてんねん。」 「おめぇがいつまでも、狸寝入りかましてるからだ。」 そんな平次に横目で睨まれても、新一はまったく意に返すことなく嫌そうに即答した。 暫らくお互いに睨み合っていたが、平次は大きな溜息を付くと、改めて視線をほのかに戻す。 「お前は、誰や?」 教室内には平次の声と、カタカタと机と椅子が当たる音が絶え間なく響いている。 ほのかが自分の震えが抑えられなくて、体を後ろにある机に押し付けた為に、その机が揺れているのだ。 「お前の本当の名前を言うてみ。」 「わ・・・わた・・・わた・・し・・・・・」 ほのかの震えは益々酷くなって、声もまともに出せない有様だ。 「何をそんなに驚いてんねん?さっき工藤も言うとったろうが、俺らは探偵やてな。」 「あ・・・・・わた・・・・わ・・・わたし・・・・・」 「答えられねぇんだったら、代わりにオレが言ってやるよ。」 ほのかの今の状態では話が一向に進まないと思った新一が、2人の間に割って入った。 「君の本当の名前は、星野香織。本物の佐野ほのかと同じ、日向メディカル・カレッジ看護学科の1年生だ。出身は東京都荒川区、両親と兄の4人家族で、ご両親は歯科医院を経営されている。」 「上手いこと化けたもんやな。」 「君たちの接点は例のサイトだ。佐野ほのかも君も、そして、残りの仲間もね。」 これらの真実に一番驚いたのは、教室の後ろのドアに立っている蘭だった。 新一はそんな蘭を気遣って、そっと側に行き蘭を教室の一番後ろの席に座らせた。 「黙っていてすまない。蘭にこれ以上の負担を掛けたくなかったんだ。」 「新一・・・」 「今は何も聞かずに、オレたちの話を聞いていてくれ。」 優しい眼差しで新一にそう言われ、蘭も黙って頷いた。 「お前の仲間は、本物の佐野ほのかを入れて何人おんのや?俺が調べただけでも10人は居るみたいやが、それだけや無いやろ?」 「・・・・・・・・・・」 「泣いとってもしゃ〜ないやろが。」 椅子に座ったままの状態で平次は、前に蹲って泣き始めたずっとほのかと名乗っていた香織にイラついた声を投げかける。 「・・・・・・い・・・・いつ・・・いつから・・・」 「俺がいつからお前らのことに、気付いっとったか知りたいんか?」 冷たく言い放たれる声に震えながらも、香織は僅かに首を縦に振った。 「大阪に戻った時や。あんときにメールのコピーを見てからやな。和葉は嫌がったらしいが、あいつらが無理矢理和葉の携帯から自分らの携帯に転送さして、保存しとったんや。和葉の携帯に毎日送られて来とった、俺の近況や写真付きのメールをな。」 「オレも見せて貰ったよ。送られて来るアドレスは、毎回違うものだった。ご丁寧にドメインまでもね。こうなると、複数の人間が送り付けて来ていたことになる。いくら毎回アドレスを変更したとしても、ドメインまでは変えられないからね。」 「いくら和葉が着信拒否しても、あかんかった訳や。それとも何か?嫌がらせにはいつも使うてたんか?」 平次の声には感情が混ざり始めている。 「お前の仲間は何人おんのや?何人で和葉虐めとったんや!はっきり言わんかい!」 まるで犯人を追い詰めるみたいな平次に、香織の肩がビクッと跳ねた。 「オレたちは別に君を虐めている訳じゃない。真実が知りたいんだ。このまま君が黙っていても、いづれはすべて分かることだよ。」 「ほのかちゃん・・・」 新一は諭すように、蘭は未だ信じられないかのように香織と呼ばずにほのかの名前を口にした。 教室全体に息苦しい程の沈黙が続く。 平次も新一も、そして蘭も、香織が自ら語り出すを待っているのだ。 どのくらいそんな状況が続いただろうか、香織は両手で顔を覆い俯いたまま、この沈黙に耐えられなくなったかのように話始めた。 「始めは・・・3人だった・・・それがいつの間にか・・・少しずつ増えて・・・いって・・・あのサイトの掲示板には平次のファンの子たちが・・・集まるようになってたの。は・・・始めの3人は・・・私とほのかと・・・・・瞳・・・」 「ちょう待て!瞳?瞳て・・・あの九条瞳か?」 平次は大きな音を立てて椅子から立ち上がり、身を乗り出して香織に問い質す。 その動揺した姿には、違っていて欲しいという思いが込められていた。 和葉の友人の中でも、美墨秋子と九条瞳は特に仲が良かったからだ。 そんな和葉に近い人間までもが、この卑怯な虐めに加担していたとなると、事実を知ったときの和葉の悲しみはどれほどのものになるのか。 しかし、香織はゆっくりと首を立てに動かした。 「そんなん・・・・・・くそっ!」 平次は力任せに机を両手で殴りつけたが為に、ぺンや教科書が音を立てて床に散らばったが、誰も気に留める者などいない。 蘭が不安そうに新一を見詰る。 「九条瞳って言うのも服部たちの同級生で、しかも和葉ちゃんの友人の1人なんだ。」 「まさか・・・そんな・・・」 蘭の瞳には涙が溜まり始め、瞬く間に零れ落ちていった。 「で・・・でも・・・・・・瞳は・・・」 「何や?!」 「ひ・・瞳は反対したの・・・・・・あの・・あのほのかが投稿した映像も・・・始めに削除したのは瞳なの・・・・・わ・・私たちは書き込みのパスワードをお互いに共有してたから・・・」 「やったら何でそんことを九条は和葉に言わなんだんや?!」 「ほの・・ほのかが無理矢理止めたの・・・これはチャンスなんだって・・・私たちに与えられたご褒美なんだって・・・そして・・・もし・・・このとを遠山和葉にチクったら・・瞳が平次のことを好きなことや・・・掲示板に平次の写真や行動を書き込んでることをバラスって・・・だから瞳は・・」 「そんな・・・そんなことん為に・・・」 「だから瞳は・・・何も言わないことを条件に・・・私たちから離れていったの・・・瞳は・・・」 「その前に、和葉ちゃんのことをすべて聞きだしてからだろ。」 新一は瞳のことまで、すでに知っていたのだ。 暗くなり始めた教室には、赤い夕日が差し込んでいるだけだった。 |