「 CHESS 」 |
notation 23 |
「 simultaneous 」 |
「君たちは嫌がる九条さんから、和葉ちゃんの携帯番号やアドレス、普段使っている物、仕草や癖、挙句には服部に対する接し方なんかまで事細かに聞き出したんたんだ。」 蘭の側に立ちながらほのかを見ないままそう告げた新一に、 「お前、いつ大阪に行ったんや?」 疑問を返したのは平次だった。 「日曜日さ。金曜から依頼で京都に行ってたんでね。おめぇと入れ違いだな。」 「ほうか。」 平次にはそれだけ、新一の行動が大体把握出来たのだろう、それ以上は何も聞かなかった。 あの日の朝、新一は東京へ帰ろうとしていた京都駅から蘭に電話をした。 そして様子のおかしい蘭にどうしたのかと訪ね、和葉のことを聞かされたのである。 それからは東京に帰るつもりでならんでいた新幹線の券売機で、何の迷いも無く新大阪への切符を購入したのだった。 「大阪に着いてすぐに大阪府警本部に行って、大滝さんから事情を聞いたんだ。しかし今回のことについては、大阪府警も表立って捜査することが出来無いから情報も限られてたけどな。」 香織は警察の名前が出ると、さらに小さくなって震え出した。 「だけど流石に、あのサイトへの常連や掲示板への書き込みをしてた連中につては調べは付いてたぜ。サイトへの常連、まぁほぼ毎日来ていたヤツは375人、その内掲示板への書き込みをしたヤツは分かってるだけでも60人は越えていた。」 その数字に、平次は両手を強く握り締め、蘭は辛そうに両手を顔に持っていった。 「さっきも言ったが、サイトのサーバーには以前のものはまったく残されてなかったらしい。1ヶ月を過ぎたデーターはサーバーサイドで自動消去される仕組みになってたそうだからな。その部分は、大阪府警も和葉ちゃんの友人たちからデーターを貰ったと言ってた。それも、あまりに膨大な量だったらしく、全部を確認するのにかなりの時間を要したと大滝さんも嘆いてたぜ。」 最早、何人の人間がこのイジメに関与してたか把握しきれないと言うことだ。 「だが警察は・・・・・遠山のおじさんたちはここで足止めを喰うことになる。」 新一は蘭の近くの机に座ると、両手で体を支え、天井を仰いだ。 「一部のブンヤが、このことを嗅ぎ付けたせいだ。大阪府警刑事部長の家に大量のラクガキ、しかも標的は刑事部長本人では無くその1人娘、格好のゴシップネタだ。」 そう告げる新一も辛そうだが、聞かされた平次や蘭、そして香織までもが体に力が入る。 世間ではよく見かけるゴシップや真実かそうで無いのかすら怪しい記事など、他人事であるから気にも留めないが、それが自分の親しい人間に関することとなると、それらは像悪の対象以外何物でも無いのだ。 「ヤツラは遠山家周辺の聞き込み、和葉ちゃんの友達への接触、挙句には直接大阪府警や遠山のおじさんに問い合わせて来る輩だまで居たそうだ。和葉ちゃんを護りたい人たちはそんなヤツラは当然無視したらしいが、世間にはそうじゃない野次馬根性の人間も多い。それらのあらぬ情報をブンヤの連中は更に面白おかしく書き立てて、発売された週刊誌は読むに耐えないモノになってたそうだ。」 「そんな・・・」 蘭の涙は止まらない。 「和葉ちゃんはその記事を見て笑い飛ばしたらしいが、おじさんや服部のオヤジさんの憤りは相当だったらしい。特におめぇのオヤジさんは雑誌の発行を止められなかったことや、書き込みのヤツらは分かってるのに何も出来無いことに自分たちの無力を警察の限界を嘆いていたそうだ。」 「・・・・・」 普段絶対にそんな姿を他人には見せない父親が嘆くなどどれほど悔しいのか、平次には痛いほど分かった。 今の自分も、そんな父親の心境とまったく同じだからだ。 「掲示板の書き込みは、服部の名前以外一切の固有名詞が出て来ない。これでは和葉ちゃんのことを言っているんだと分かっても、違うと言われればそれまでだ。まったく良く考えたもんだぜ。しかも大滝さんたちが何人かの子に聞き込みに行くと、その後すぐに掲示板に書き込みだ。こうなると、みんな口裏合わせたみてぇに自分じゃないと言い出したそうだ。携帯を落としたとか、友達に貸したとか有りえねぇ言い訳だが、一々裏を取る訳にもいかねぇんでそれ以上は追求出来なかったそうだ。」 新一の口調にも、少し感情が混ざる。 「だけどよぉ、そんな中に1人だけ和葉ちゃんを庇う書き込みがいつもされてたんだ。」 「それが九条か?」 「ああ。サイトから削除されていたモノにも、現在の掲示板にも必ず1日1回は書き込まれていた。大滝さんが彼女に会ったときには、友達だからと言ってたそうだが、オレはそうは思わなかった。その書き込みは他の書き込みから随分と非難されていたし、和葉ちゃんの友人たちは騒ぎを大きくしたくないと書き込みを控えていたんだ。しかも、この書き込みが九条瞳のモノだと誰も知らなかったそうだ。」 「そんで・・・お前は九条に会うたんか。」 「大滝さんから連絡を入れてもらって、彼女に大阪府警本部まで来てもらった。」 「九条は何て答えたんや?」 「彼女は始めこそ怯えたような表情をしたいたけど、すぐに真っ直ぐオレに向って顔を上げたぜ。そして全部話してくれた。警察や友達に言えなかったことまで全てな。いつかはオレかおめぇが来るだろうと思ってたそうだ。だから和葉ちゃんの家でおめぇに会ったときには、恐くて堪らかったってよ。」 「やったら・・・やったら何であん時・・・オレに言わへんかったんや?」 「言えねぇだろう?彼女はおめぇに知られることを一番恐れてたんだからよ。」 平次の言うことも分からないでは無いが、こいつは女の子の気持ちを知らなさ過ぎると新一は心の中で溜息を付いた。 今回の出来事はすべてそこから始まっているだけに、今更忠告する気にもならなかったのだ。 新一は首を軽く振って気を取り直すと、改めて香織に向って語り出した。 「彼女は君や佐野ほのか、それと主に動いていた数人の名前を教えてくれたよ。それらの名前は大阪府警が調べ出していたリストの中にもあったから、オレは自分の知ってる名前と顔が違うことに気付くことが出来たんだ。流石に九条さんは、君たちがこっちでやってたことまでは知らないみたいだったしね。オレが佐野ほのかはこっちじゃないのか?と君の写真を示して聞くと、彼女は大きく首を振って心底驚いた様に否定したんだ。それはほのかじゃ無いってね。そして彼女の示した本物の佐野ほのかは、オレがみたことも無い顔をしてたよ。」 「藤村ほのかは、小そうて暗い感じの女やったな・・・」 香織は平次がほのかの存在に気付いていたことに、驚きの表情を浮かべた。 「別に俺が知っとても何も不思議やないやろ?あんだけしつこうあっちこちで写真撮られたら、いくら俺かて気付くで。」 平次は嫌そうにそう吐き捨てた。 「だ・・だって・・・ほのかは・・・一度も平次がこっちを向いてくれなかったって・・・」 「陰でこそこそやっとるヤツに愛想振る必要なん無いやろが?」 「だ・・・だけど・・・」 「直接言うて来たら、写真くらいやったらいくらでも撮らしてやったんや。そやのにあの女は、俺にいっぺんも声を掛けては来へんかったしな。」 「それ・・それは・・・」 「和葉がいっつも邪魔したとか言うたんやろが?」 「・・・・・・・・・」 香織は恐る恐る頷いた。 「まったく・・・。俺らはそんなに四六時中一緒に居った訳やないで?学校なんクラスも違うとったし、部活も委員会も違うてたんやで?そら会うたら話やふざけ合うくらいはしとったけど、そんなん学校生活の中ではほんの僅かな時間やろが。それを・・・お前ら自身はなんの努力もせんと、全部和葉のせいにしたんか?ふざけるのもええ加減にせぇや!!」 バンッと激しい音を響かせて、平次が机を殴りつけた。 「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」 香織は上げていた顔を再び俯かせ両手で耳を覆うと、そう何度も繰り返した。 そんな二人の姿を視界を納めながら新一は教室の前のドアの近くにある電気のスイッチを入れる為に、ゆっくりと蘭の側を離れた。 「大阪府警にあった写真は卒業アルバムの物だったが、確かに服部の言うように酷く内向的な雰囲気を持った女性だった。九条さんも校内で何度か佐野ほのかに話し掛けたが、ほとんど会話は成り立たなかったと言っていたしな。それがあのサイトの掲示板では別人みたいにリーダーシップを発揮してたんだから、ネットの世界は恐ぇよな。」 スイッチの音を響かせながら、新一は教室中の蛍光灯に灯かりを付けていった。 薄暗かった室内は一気に明るい光に包まれ、横に長かった影を足元に鮮明に浮き上がらせる。 「しかし、どんなに別人に成済ましても自分じゃないと言い張っても、ネット世界も現実世界の一部で有る事に変わりは無い。そこで行われた悪巧みも、いづれは白昼の元に晒され、リアルな生身の人間が動く世界で裁かれることになるんだ。」 新一の声は確信を持った響き伴って、教室内に広がっていった。 |