東京行きの新幹線に乗り込み、これから3時間近く座りっぱなしになるであろう目の前の2つの空席の片方に俺は腰を下ろした。

遠山と2人で行けるはずだった東京は、服部に阻止されてダメになってしまった。
遠山の家に向かう途中の駅で買った、2枚の指定席の切符。
1枚は無駄になってしまったが、払い戻しはしなかった。
遠山が座るはずだったその席に、他人がいるなんてごめんだからな。

動き出した新幹線は徐々にスピードをあげているようで、流れる景色もどんどん後ろに流れていった。
ふと見上げた高層ビルの窓にギラつく太陽の光が反射して、俺は思わず目を閉じた。

誰もが他人に無関心なこの空間、俺たちのことを誰も知らない乗客の中でならいつもの教師と生徒という関係を超えて、少しは思い切った話が出来たかもしれない。

そう思ったら、邪魔をした服部に対してますます黒い感情が噴出してきた。
しかし、考えてみたら邪魔をしているのは俺の方だ。

あの2人は認めたくはないが、今や学校内でも有名な恋人同士だ。
いつまでも諦められないのは俺の方。
卒業後にジワジワいくからと言ってはみたが、実は2人が付き合い出した時に自分で決めた想いの期限、それはあと約半年後まで。
卒業式後、遠山に想いを伝え、そしてはっきりと返事をもらう。

9歳も年下の、しかも教え子の事を本気で想っているなんて、昔の仲間が知ったらきっと驚くだろう。
しかも、片思いだ。

俺はプライベート用の手帳を取り出して、カバーに差し込まれた封筒から1枚の写真を取り出した。

満面の笑みでVサインをしている遠山と俺。

遠山が入学してきた2ヵ月後に行なわれた、親睦を深めるための2泊の合宿。
この頃はもう、遠山に惚れていたんだよな・・・・




教師生活3年目で、初めての担任。
中等部から上がってくる生徒がほとんどの1年C組、俺のクラス。

入学式を前に、パラパラと個人の極秘調査書の写真をぼんやりと眺めていた。
各生徒の顔と名前はすでに覚えていた。
その中でひときわ可愛かったのが遠山だった。
と言っても、緊張した表情で写っているその写真は、先日まで中学生だったと
物語っている初々しいもので、ぎこちなさが微笑ましいと思った程度だった。

時間になり体育館に向かったが、入学式の最中はあまり覚えていない。
「1年C組担任、小嶋省吾」 と校長に呼ばれるまでが、やけに緊張していたくらいだ。

入学式を終え教室に入り、出席番号順に席についている生徒達の名前を一人一人呼んでいった。
記憶している顔と名前に間違いが無いことに満足しつつ、その名を呼ぶ番になった。
それは、ただの確認だけで終るはずだったのだが・・・・

「遠山和葉。」
「はい。」

そこで手を挙げていたのはあの写真と同じで、でも全く違う遠山がいた。

ポニーテールでちらりと見えるリボンは赤。
それは同じ。
少々つり目ぎみだが、きらきら輝く大きな瞳。
これも同じ。

しかし中学生から高校生となり、雰囲気を変え大人びた強く真っ直ぐな瞳で俺を見ていた。
俺もその視線に負けじと見返すと、その瞳はふっと視線を弱め、恥ずかしそうに微笑んだ。

あの時から、俺は遠山に囚われていた。




ふと我に返ると、車内販売が近づいてきた。
俺は隣にいるはずだった遠山に何を飲むかと聞き、きっと彼女はいつもよく飲んでいるオレンジジュースと答えただろう。
そして俺のコーヒーと一緒に買っていたはずだ。

校内ではジュースの1本だって、なかなか奢ってやる機会がない。
ましてや、学校外で会う機会なんてほとんどないのに・・・・
せっかくの大きな口実を得て、堂々と遠山を東京に連れて行けたこのチャンス。
あらためて服部に対して怒りが湧いてくる。

車内販売の大きなワゴンは俺の缶コーヒー1本だけを減らし、ガラガラと音を立ててゆっくりと離れていった。
販売員の声が遠くなっていく。
冷たい缶コーヒーを片手に、再び窓の外をボーっと眺めた。


東京出身の俺が大阪にいる理由を聞かれると、
「22年一緒に住んでいる親元から離れてみたかったし、関西弁の女の子も可愛いしな。」
そう答えていた。

だが本当は。
大学まで続けていた水泳で、すでに自分の限界を感じていた。
大学内ではいつも2番手。

大きな大会に出ればまだまだ上がいて、俺はずるずると順位を下げていった。
順位の一覧表を見れば、俺の名前はかろうじて1桁のところにはあった。
しかしそれは、その他大勢と同じ扱いだ。
日の目を見るのは6位まで。
俺のタイムはどこにも記録として残る事なく、しだいに俺は泳ぐ前から諦めて言い訳を考えるようになっていた。

横で励ましてくれる女もいたが、そいつはやがて、他のスポーツで名を残せる男の所に行ってしまった。

泳げば泳ぐほど気持ちは落ち込み、小嶋さん小嶋さんと慕ってくれる後輩でさえウザイと思うようになっていた。
それを隠すためにわざと三枚目を演じ、1人になると大きな溜息をつく。
そんな生活から抜け出したかった。

そして、逃げるように東京を後にした。

俺の過去を知らない人の中にまぎれ、一から人間関係を築きたかった。
やる前から言い訳を考え、諦めるような事はもうしない。

5年前の春。
大阪に向かう新幹線の中で、そう決意したんだったな。

そして2年前の春。
俺は遠山と出会った。
教師と生徒と言う立場で。

難しいのは初めから覚悟の上。
時間がかかるのも承知の上。
3年待つ決心の上で。

俺は、生徒に本気で惚れてはいけないというブレーキをはずし、遠山だけを見ることを自分自身に許した。

初めて受け持つクラスも、推薦されてクラス委員になった遠山のフォローもあって、まとまりのあるいいクラスになった。

時々突き刺さるようなキツイ視線を感じ、振り返ればそれは服部だった。
その頃からアイツはやけに俺にからんできて、それを遠山にたしなまれては不機嫌になるの繰り返しで、それを内心でおもしろがる余裕もまだあった。

服部と遠山のあの関係は、誰が見てもすぐわかるだろう。
俺も始めは、すぐくっつくもんだと思っていた。
それでも若い不安定な2人の事だし、よく見ていればつけ入る隙はいくらでもあるだろうと・・・・

実際、不在がちの服部は隙だらけだった。
そのお陰で、教師と生徒の枠の中でだが、遠山は確かに俺のことを特別な教師として受け入れている。
特別な教師から、特別な人間になるために、俺もそろそろ本気を出さないとな。
あと半年しかないんだから。
少しずつ鈍感な遠山に、言葉を変え、態度を変え、気持ちを表していこう。

これからますます大変になる受験生には、頼りになる支えが必要だ。
それは不在がちだったり、必要とされた時にそこにいなければ意味が無い。
遠山が振り返ったとき、俺はいつでも手を差し伸べられるところにいよう。
不安になって、冷たくささくれだった心を受け止め、いつだって温めてやりたい。

遠山、早く俺の本当の気持ちに気づいてくれ。
俺とだったら、安定した穏やかな時間が送れるはずだ。
俺だったら、泣かせる事も心配かける事もない。
俺はこんなに一途に想っているんだ、浮気の心配もない。

本当だったら座っているはずの、空っぽな遠山の席を見つめ、俺は拳を握り締めた。

その時、「次は新横浜」と告げる車掌の声が耳に届き、我に返った。
久々の帰省で、今晩飲もうと言ってきた水泳部の後輩の顔が思い浮かび、つめが食い込んでいた手の平をそっと開いた。

東京駅まで、あとわずか。




END
valuably top contens
ひろさまに書き下ろして頂きました!VSシリーズ第3弾!!「VS2.5〜教師のその後〜」
私は小嶋先生大好きです!LOVE!
きっとこんな先生の一人や2人いたはずです。なんたって和葉なんですから。
小嶋先生にがんばって頂きたい!是非とも和葉をGET!
え?ダメ?なんで?(笑)
ひろさま、いつもいつもありがとうございます〜!y(^ヮ^)y
このお話は、まだ続きます。断言!
「VS3」近日公開! ← これはほんとだよ!
vs = versusの略号 〜対〜、競技など二者が対抗する場合、両者を対置するのに用いる語
by phantom
VSシリーズ 第1弾!! VSシリーズ 第2弾!! 「 VS3 」